天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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37.七月二十三日
2007年12月28日(金) 12:38
37.七月二十三日




 昼近く、おさよとおろくが戻って来た。一緒に来た藤次に率いられて、大笹の若い衆が角材や板を運んで来る。

 昼飯の支度をしていた女衆が驚いて、おさよとおろくの回りに集まって来た。

「うまく行ったわ」とおろくは笑った。

「干小(ホシコ)の旦那さん?」とおかよが聞く。

 おろくはうなづいて、「黒長の旦那さんも協力してくれたの」と言った。

「さすが、おかみさんね」とおかよたちは感心して、おさよを見る。

「わたしはただお手伝いしただけよ。みんなの気持ちが通じたのよ」

 そう言っている間にも、小屋作りの資材が次々に運び込まれた。

「あの人たちにもお昼、お願いね」とおろくはおかよに言うと、藤次を連れて市太の所に向かった。

 用水を掘り起こす仕事は順調に進んでいた。藤次は小屋の事を市太たちに説明した。小屋の大きさは間口三間(マグチサンケン)、奥行十間で、冬に備えて囲炉裏を四ケ所つけるという。

「ほう、そいつア助かる」と市太たちは喜ぶ。

「それだけの大きさがありゃア、当分は間に合うだんべ」とうなづきあった。

「明日から建て始めようと大工(デエク)たちも集めてあるんだ」と藤次は気の早い事を言う。

「明日からか」と市太は驚く。

「早え方がいいだんべ」

「そりゃアそうだが」

「そこでだ、どこに建てる」

 市太は半兵衛を見た。

「観音堂よりはこっちの方がいいだんべな」と半兵衛は言った。

「そうだな」と市太もうなづいた。

 市太は昼飯にしようと仕事をやめさせ、皆を観音堂に返した後、半兵衛と藤次と一緒に、小屋を建てる場所を捜した。今後、皆の家を建てる予定もあるので、邪魔にならない場所を選ばなければならない。村の中央に当たる諏訪明神の境内にしようかとも思ったが、やはり古井戸に近い方がいいだろうと村の南の端、おろくの家のあった辺りに決定した。

 昼飯を食べながら、市太はおろくから、昨日、ここを出てからの事を聞いた。

「昨夜はおみのさんのお部屋に泊めてもらったのよ」とおろくは楽しそうに言った。

「へえ、一晩中、話し込んでたんだんべえ」

「ええ。市太さんと藤次さんの喧嘩の事とか色々話してくれたわ」

「あいつ、余計な事は言わなかったんべえな」

「余計な事も教えてくれたみたい」とおろくは笑った。「兄貴は女好きだから気をつけなさいって」

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36.七月二十二日
2007年12月26日(水) 09:40
36.七月二十二日




 鎌原では新しい村作りのための共同生活が始まっていた。市太とおろく、半兵衛父娘、安治、仙之助の六人で始まった村作りは、次の日には惣八とおまん、丑之助とおしめ、おかよとおそめ、伊八と新五郎とおいちの兄弟、路考こと権右衛門も加わり、噂を聞いて干俣村からも杢兵衛、清之丞の兄の吉右衛門、孫八と富松の兄弟がやって来た。今では二十人の大所帯になっていた。市太が最初に決めたように皆、平等という事を守り、うるさい事を言う者もなく、和気あいあいと朝から晩まで仕事に励んでいた。

 その頃、干俣村の名主、干川小兵衛の屋敷で、鎌原村の名主、儀右衛門の妻だったおさよは縁側に座って、ぼうっと庭の池を眺めていた。

「おさよ」と呼ばれて振り返ると父親の小兵衛が後ろに立っていた。

「いい天気じゃな」

「はい」

「鎌原では大変な事をやってるらしいのう」

「大変な事?」

 おさよが不思議そうに、父親を見ると父親はうなづいて、おさよの隣に座り込んだ。

「さっき聞いて驚いたんじゃが、問屋の伜が中心になって、身分差のない、みんな平等な村を作ると張り切ってるそうじゃ」

「身分差のない平等な村‥‥‥」

「ああ。もっとも村人のほとんどが亡くなってしまったんじゃから、身分だの家柄だのと言ってはおられまいがのう。今朝もここから何人かが鎌原に行ったそうじゃ。おまえはここにいていいのか」

「あたしが行ったって、何もできない」おさよは力なく俯いた。

「亭主が亡くなり、子供も亡くなったので、もう村の事はどうでもいいのか。一人だけ残されたのは、おまえだけではあるまい。おまえにもやるべき事はあるはずじゃ」

「あたしに何をやれって言うの」

「それはおまえが自分で考える事じゃ。ここにいたければいてもいい。だがな、おまえは鎌原村の名主の妻だったんじゃ。村の者たちは皆、その事を知っている。おまえがいつまでも悲しんでいたら、村の者たちも立ち直る事はできんのじゃぞ。よく考えろ」

 父親が去った後もおさよは呆然としていた。家族を失った悲しみから立ち直れないのに、村のために何かをやるなんて不可能だった。これ以上、苦しみたくはなかった。早く、何もかも忘れてしまいたかった。それでも、父親が言った皆が平等な村というのが気になっていた。名主の娘に生まれて、名主のもとに嫁いだおさよに取って、身分差のない村など想像すらできなかった。

 おさよは重い腰を上げると村の者たちが避難している小屋に向かった。何も考える事もなく、ただの気分転換のつもりだった。父親が鎌原村の避難民のために建てた小屋なのに訪れるのは初めてだった。

 避難小屋には四十人近くの村人たちが不自由な生活をしていた。おさよを見ると皆、丁寧にお礼を言って来た。自分は何もしていないのに、お礼を言われるなんて後ろめたかった。具合の悪そうな者も何人かいたが、思っていたほど多くはなく、大部分の者たちは元気になっていた。ゲッソリしていた扇屋の旦那、清之丞もすっかり血色がよくなって、のんきに三味線を弾いていた。

「やあ、名主のおかみさん、大分まいってたようじゃが、元の別嬪(ベッピン)に戻って何よりじゃ。わしもようやく元気になったわい」

「それはよかったですね。旦那さんは村の方には戻らないのですか」

「あんなとこに戻れるか。ワルガキの市太が半兵衛の奴と一緒になって、身分差のねえ村を作るとほざいておる。みんな平等で、土地持ちや山持ちは認めんとほざいておるんじゃ。先祖代々伝わって来た、わしの土地はどうなる。ふざけやがって。おかみさんもそう思うじゃろう。名主さんちも土地持ちじゃった。今更、それを取り上げられてたまるもんか。なア、そうじゃろうが。まったく、ふざけやがって。今、あの村に集まってる奴らは土地なんか持ってねえ奴らばかりさ。市太と半兵衛に躍らされて、村作りなんかやってるが、そのうちに、お上(オカミ)のお役人様がやって来りゃア、そんな事通用せんわ。以前のごとく、わしの土地はわしの物になるじゃろう、ハハハ」

 おさよは清之丞と別れるとそのまま、大笹に向かった。どうして、大笹に向かったのか、自分でもわからなかった。名主の妻としての自覚がそうさせたのかもしれなかった。

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35.七月十九日
2007年12月24日(月) 11:29
35.七月十九日




 半兵衛は毎日、鎌原村に通っていた。山守の八蔵を連れて来た次の日も、一日中、雨が降っていた昨日も、半兵衛は一人で出掛けて、村の再建の事を考えていた。夕方、大笹に戻って来ると、あそこに新しい村を作ろうと毎晩、市太を説得した。

 土砂の上を覆(オオ)っている焼け石の厚さは一尺(約30センチ)程度だから、掘り返せば畑もできるだろう。古井戸も掘り返してみたら、あふれる程の水が出て来た。以前のように表通りの中央に用水を引けば村は復活する。半兵衛は強い口調で言うが、市太は乗り気ではなかった。村一面を覆っている焼け石をどけるだけでも容易な事ではない。村の者が総出でやっても、いつまで掛かるか見当もつかない。用水だの表通りだのというのは、その後の話だった。

 市太だけでなく、村の者たち、みんなに説得して回ったが、半兵衛の言う事にうなづく者はいなかった。それでもくじけず、半兵衛は今日も一人で出掛けて行った。

 雨もやんで、いい天気だった。長左衛門の炊き出しはまだ続いている。大前村や西窪村の被災者たちのほとんどは自分の村に帰って、それぞれ小屋掛けして新しい生活を始めていた。大前村も西窪村も家屋はすべて、土砂に埋まるか流されていた。それでも、生存者が多く、田畑もいくらか残っていたので、皆、自分の村に帰っている。今、炊き出しの世話になっているのは鎌原の被災者と怪我をして動けない者たちだった。

「おはよう。今日はいいお天気よ」とおろくが市太の側にやって来た。おろくは毎日、炊き出しを手伝っていた。

「半兵衛さん、今日も一人で出掛けたわ」

「そうか」と市太は気のない返事をする。

「たった一人だけでも、焼け石をどけるんですって」

「そんなの無理だよ。できっこねえさ」

「ねえ。あなたは前にあたしに言ったわ。無理だって最初から諦めるなって。無理かどうかやってみなけりゃわからないって」

 市太はおろくの顔を見つめた。おろくは何かを訴えるように市太をじっと見つめている。

「おめえ、俺に行けって言いてえのか」

「あの村は馬方で持ってた村でしょ。問屋がなければ、村の人たちも安心して戻れないわ」

「俺に問屋をやれってえのか」

「あなたしかいないじゃない。あなたがやればみんなついて来るわ」

 市太はおろくから目をそらして、煙を上げている浅間山を見た。

 おろくの言う通り、問屋をやるのは市太しかいなかった。叔父の弥左衛門も生き残ったが、多くの馬方たちを死なせたのは自分のせいだと落ち込んでいる。三人の子供も失って、立ち直るのは難しい。

 市太はおろくに視線を戻すと、「おめえの気持ちはどうなんでえ」と聞いた。「おめえも村に戻りてえのか」

 おろくは力強くうなづいた。

「半兵衛さんと同じように、あたしにもあの村しかないもん。家族が埋まってるあの土地を放っておいて、他所の土地で暮らすなんて考えられない。他所の土地で幸せに暮らしたとしても、きっと、後悔すると思う」

「畜生め!」と市太は大声で怒鳴った。「結局はあそこに戻るしかねえのかよお」

「行くの」とおろくは期待を込めて聞く。

 市太は仕方ねえという顔付きでうなづいた。「まずは腹拵(ハラゴシレ)えだ」

 雑炊(オジヤ)を食べると市太とおろくは半兵衛の後を追って鎌原村に向かった。

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34.七月十六日
2007年12月22日(土) 12:50
34.七月十六日




 浅間山は相変わらず、黒煙を吹き上げながら唸っていた。それでも、以前に比べれば、煙の量は半分程に減っている。このまま、静まってくれと祈るばかりだった。

 市太とおろく、半兵衛、おゆうの四人は焼け石の上を歩いていた。おみのたちが二往復したので、すでに足跡が道になっていて、思っていたよりも歩くのは楽だった。

 昨日のようないい天気ではなく、空は雲が覆っていて蒸し暑い。砂が降って来るのを警戒して菅笠(スゲガサ)を被り、焼け石を警戒して下駄を履いている。半兵衛が先頭を歩き、おゆう、おろく、市太と一列に並んで観音堂を目指した。惣八、安治、丑之助も誘ったが来なかった。あんな所に行っても何もねえ。昨日、狩宿まで行って疲れたから、今日はのんびりしたいと言う。惣八はおまんと、安治はおさやと、丑之助はおしめと、改めて再会を喜びたいのだろうと無理には連れて来なかった。

 観音堂から大笹に行った時、あんなに苦労したのが嘘のように、一時(イットキ)余りで観音堂に着いた。当然の事だが、観音堂の中は永泉坊が祈祷した時のままだった。この狭い中に、二十人もの人が六日間も寝起きしていたとは、とても信じられなかった。裏に回って若衆小屋を見ると無残な姿で建っていた。何度も潰(ツブ)れそうになって、みんなで必死に補強してきたのだった。雨降る中、屋根に積もった砂や石をどけたり、雨漏りの修理をしたのが、遠い昔の事のように思い出された。みんなの命を救ってくれた汚い桶に雨水が溜まったまま置かれてあった。

「ひでえとこにいたもんだ」と半兵衛が感慨(カンガイ)深げに呟(ツブヤ)いた。

「ここに四十人も‥‥‥」とおゆうが驚いた。

「そうさ。俺たちはその土間にギュウギュウ詰めになってたんだ。揺れは来るし、石は降るし、しかも、食う物(モン)はねえ。雨は降り続くし、まったく、生きた心地(ココチ)もしなかったぜ」

「腹を減らしながら、あんた、ここで、ものにした女の数を数えてたんでしょ」

「おめえ、何て事、言うんでえ」

「だって、ここは、あたしたちの逢い引きの場所だったじゃない。あたしと勘治だって、何度もここで‥‥‥」

 おゆうは涙ぐんでいた。

 市太も勘治の事を思い出していた。一緒に悪さをして、一緒に江戸にも行った勘治がいないなんて、信じろと言っても無理だった。

「しかし、この小屋は頑丈じゃったなア。さすが、棟梁(トウリョウ)じゃ。これだけの腕を持ちながら、まったく、残念な事じゃ」

 四人は若衆小屋を離れ、観音堂に両手を合わせると石段を降りた。あれだけあった石段はたったの十三段しかない。そこから広々と焼け石が広がっている。

「何これ、こんなにも埋まっちゃったの‥‥‥」

 村の姿を初めて見るおゆうは呆然と立ち尽くした。勘治がどこかに生きているかもしれないという希望は目の前の景色によって、一瞬のうちに吹き飛んでしまった。

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33.七月十五日
2007年12月20日(木) 11:41
33.七月十五日




 大笹に来た鎌原村の生存者たちは衰弱しきっているので旅籠屋に収容された。風呂に入れる者は体を洗って、乾いた着物に着替え、お粥(カユ)を食べて、布団の上に体を伸ばして、ゆっくりと眠った。

 市太は昼過ぎまで眠っていた。目が覚めて隣を見るとおろくはいない。半兵衛と娘のおふじはぐっすりと眠っている。おまちも眠っているが姉のおゆうの姿はなかった。

 厠(カワヤ)に寄ってから、市太は外に出た。

 雲一つない青空が広がっていた。お天道(テント)様を見るのも久し振りだ。日差しは強く、眩(マブ)しかった。市太は体を伸ばすと深呼吸をした。生きていてよかったとしみじみと感じた。

 表通りには近在の避難民たちが虚ろな顔をして行き来している。問屋に行くと、庭に大釜を出して女衆(オンナシ)が炊き出しをしていた。仮普請(カリブシン)の小屋の中には年寄りや子供たちが疲れきった顔で横になっている。市太は呆然とそれを眺めながら、ひどい目に会ったのは自分たちだけではなかったのだと実感した。

「おなか、減ったでしょ」と声がして振り向くと、おろくがいた。

 襷(タスキ)掛けをしたおろくが、お粥の入ったお椀と箸(ハシ)を差し出した。

「すまねえ。おめえ、ずっと手伝ってたのか」

「そうじゃないけど、目が覚めちゃったから。ここに来たら、おゆうさんが手伝ってたんで、あたしも一緒にやってたの」

「ほう、おゆうもいるのか」

「ほら、あそこに」

 おろくが示す方を見ると、木陰で休んでいる者たちに、おゆうがお粥を配っていた。

「へえ、あんな事をするたア、あいつも草津に行って変わったな」

「さっき、一緒にお粥を食べて、色々と話を聞いたの」

「勘治の事か」

 おろくはうなづいた。

「信じられないって、勘治さんが亡くなった事が。もしかしたら、どこかで生きていて、ここに来るかもしれないって」

「そうか‥‥‥そうだんべなア。俺だって信じられねえ。惣八や安が生きてたように、勘治も生きてると思いてえ」

 市太は腰を下ろすとお粥を食べ始めた。

「食欲も大分、出て来たぜ」

「あたしもお代わりしちゃった」とおろくは笑った。

「大分、顔色もよくなって来たな」

「うん、昨夜はよく眠れたもん」

「夢ん中にな、三治が出て来たぜ。いつものように笑いながら、若ランナって呼びやがった。俺の手を引いて観音堂に連れて行こうとするんだ。でも、石段がやけに長くてな、いくら登っても観音堂に着かねえんだ」

「それでどうしたの」

「どこからか、鈴の音が聞こえて来てな、振り返るとおめえが石段を登って来たんだ。俺がおめえを待ってる隙に、三治はずっと先の方まで登ってって見えなくなっちまった」

「そう‥‥‥きっと、極楽に行っちゃったのね」

「そうかもしれねえな」

 おろくは目頭を軽く拭くと無理に笑って、「おみのさんたち、朝早くから狩宿に行ったんですって」と話題を変えた。

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