天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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6.五月十九日
2007年10月26日(金) 13:00
6.五月十九日




 芝居を見て感激した市太と勘治は提燈(チョウチン)をぶら下げ、人形町通りを北に向かっていた。

「やっぱり、本場の芝居(シベエ)は違うなア。何というか、花があらアな」興奮して勘治が言う。

「当たり前(メエ)だア。成田屋、三河屋、紀伊国屋(キノクニヤ)、路考(ロコウ)に杜若(トジャク)、千両役者が揃っていやがる。やっぱり、来てよかったなア」と市太も感動している。

 二人とも江戸っ子を真似て、さっぱりした身なりをしているが、どことなく田舎臭い。

「暗くなっちまうと道がよくわかんねえな」

「大丈夫(デエジョーブ)さ。任せときねえ」と市太は自信たっぷりに言うが、いつもの事だ、当てにはならない。

 二人はキョロキョロしながら、今朝通った時、覚えておいた目印を捜す。

「おい、大丸(デエマル)があそこにあるぜ。てえ事ア次の大通りを曲がるんだ」

「そうだっけ」

「そうさ。そこを曲がりゃア、馬喰町(バクロチョウ)に出る」

「馬喰町まで行きゃア、柳橋はすぐだな」

「そうさ。猪牙(チョキ)に乗って吉原(ヨシワラ)に繰り出そうぜ」

「いいねえ」

 道もよくわからないくせに、言う事だけは一丁前の江戸っ子だ。

 錦渓(キンケイ)と一緒に二人が江戸に着いてから、今日で三日目、二人にとって、毎日が驚きの連続だった。二人共、江戸に来たのは初めてではない。市太は十九の時、叔父に連れられ、初めて江戸に来て、本場の芝居を見て感動した。翌年にも、村人たちと一緒に江戸に芝居を見に来ている。勘治や惣八も、その時は同行した。勿論、芝居を見ただけでなく、名所見物もしている。それなのに、今回の旅は、まったく、驚きの連続だった。まるで、一生のうちに経験する驚きを短期間のうちに経験したようだった。

 江戸に着いたのは鎌原を出てから五日目。村を出てから江戸への道程(ミチノリ)は別に変わった事もない。初日が生憎(アイニク)の雨降りだったが、後はいい天気。途中、飯盛(モシモリ)女のいる宿場に泊まっても、女郎(ジョロウ)を買う事もなく、真っすぐ江戸へと向かった。

 中山道を本郷まで行き、左に曲がり、不忍(シノバズ)の池へと出た。明礬(ミョウバン)捜しを錦渓に頼んだ薬種問屋の小松屋は不忍の池の近くにあった。錦渓が小松屋と話し込んでいる間、市太と勘治は弁天様をお参りした。その夜は小松屋に泊まるのだろうと思っていると、錦渓は小松屋と一緒に吉原へ行くと言い出した。二人も今回は密かに吉原に行こうと決めていたので、目を輝かせて連れて行ってくれと頼んだ。錦渓は気楽に来いと言ってくれた。

 市太と勘治は浮き浮きしながら錦渓の後を追う。神田川沿いに歩き、柳橋の船宿から猪牙(チョキ)舟に乗って山谷(サンヤ)堀まで行く。二人共、猪牙舟に乗るのは勿論初めて、これが噂の猪牙舟かと大店(オオダナ)の若旦那になった気分。山谷堀の船宿(フナヤド)に着くと錦渓は『大黒屋の先生』と呼ばれて大もてだった。大黒屋という屋号は初めて聞くが、錦渓が吉原遊びに慣れているのは間違いない。吉原に行きたいと思っていても不安のあった二人は錦渓が一緒なので心強かった。

 旅の途中、二人は錦渓に吉原の事を何度も聞いた。吉原なら良く知っている。連れてってやると簡単に言うが、あまり吉原の事は話さない。口ではああ言っているが、本当は吉原で遊んだ事などないに違いないと思っていた。ところが、船宿の女将に名を知られているという事はかなりの遊び人に違いない。急に、錦渓が頼もしく思える二人だった。

 夕暮れの日本堤(ヅツミ)を船宿で借りた提燈をぶら下げて歩く。堤の両側には葦簾(ヨシズ)張りの掛茶屋が並び、男たちがいそいそと吉原に向かう。まるで、祭りのようだ。田圃(タンボ)の中にポッカリと明るいのが憧れの吉原。見返り柳を見上げ、衣紋坂(エモンザカ)と呼ばれる坂を下り、茶屋が建ち並ぶ五十間(ケン)道を抜けると大門(オオモン)がある。思っていたよりも飾りっ気もない板葺(イタブ)き屋根の簡単な門だった。それでも、二人はドキドキしながら大門をくぐって吉原へと入って行く。

 吉原の華やかさは噂以上だった。追分宿や軽井沢宿など問題にならない程の豪華絢爛(ケンラン)ぶり。仲之町(ナカノチョウ)と呼ばれる大通りに面して、二階建ての引手(ヒキテ)茶屋が並んでいる。一階と二階の軒下にぶら下がった提燈の数は知れず、開け放された茶屋からも明かりが漏れ、まるで、昼間のような明るさだ。茶屋の前には畳敷きの縁台(エンダイ)が並び、茶屋の紋の入った箱提燈が置かれてある。二階には客の姿と一緒に着飾った遊女の姿もチラホラ見える。

「なあ、市太、花魁(オイラン)はどこにいるんだ」

「そんなの俺が知るかよ」

「籬(マガキ)とかいう格子ん中に並んでるんだんべ」

「そう聞いてるが、そんなの、どこにも見当たらねえな」

 市太と勘治がキョロキョロしているうちに、錦渓と小松屋はさっさと行ってしまう。迷子になったらかなわないと慌てて後を追う。

 おはぐろどぶと黒板塀に囲まれた吉原は、世の中と隔離された別世界で、出入り口は大門一ケ所しかない。大門から行き止まりの水道尻まで、仲之町と呼ばれる大通りが貫き、右側の手前から江戸町一丁目、揚屋町(アゲヤチョウ)、京町一丁目とあり、左側の手前から伏見町、江戸町二丁目、角町(スミチョウ)、京町二丁目とある。仲之町には引手茶屋が建ち並び、大見世(オオミセ)の遊女と遊ぶには引手茶屋を通さなければならなかった。遊女屋は江戸町の一丁目と二丁目、角町、京町の一丁目と二丁目に並んでいる。揚屋町には遊女屋はなく、茶屋、蕎麦(ソバ)屋、鮨(スシ)屋、質屋、雑貨屋、湯屋(ユヤ)などが並び、裏手には芸人たちが住んでいる。おはぐろどぶに沿った東側は羅生門河岸(ラショウモンガシ)、西側は浄念河岸(ジョウネンガシ)と呼ばれ、共に下級の遊女屋が並んでいた。

 錦渓らは木戸をくぐって左に曲がった。市太たちは知らなかったが、錦渓らが入って行ったのは角町だった。両側には噂の遊女屋があった。籬という格子の中に、きらびやかに着飾った遊女がズラリと並んでいる。

「おっ、すげえ」と二人は籬に顔を近づけて中を覗き込む。あまりにも浮世離れした、その光景に二人は固唾(カタズ)を飲んで見とれている。

 大行燈(オオアンドン)に照らされて、とても、この世の者とは思えない美しい女たちが、艶(アデ)やかな着物をまとい、髪には何本もの簪(カンザシ)を差し、豪華な煙草盆(タバコボン)を前に座っている。清掻(スガガキ)と呼ばれる三味線の調べがゆるやかに流れ、何とも言えぬ、いい香りが漂って来る。市太も勘治も心を奪われたように、ぼうっとして花魁たちを眺めていた。

「おい、早く来い」と錦渓に声を掛けられ、我に帰って後を追う。錦渓は二人が覗いていた遊女屋の暖簾(ノレン)をくぐった。

「先生、ここに入るんですか」と勘治は驚く。

「ああ、そうだ」

「でも、ここは高えんでしょ」

「ああ、高えよ。一晩五両といった所かの」

「一晩、五両‥‥‥」二人は顔を見合わせたまま、言葉も出ない。

「しかも、最初の晩は初会(ショケエ)と言ってな、遊女に触れる事もできん。三回通って、ようやく抱けるという仕組みじゃ」

「三回通ったら十五両‥‥‥とんでもねえとこだ。そんなとこ入れねえ、なあ、市太」

「無理だ、そんなの無理だ」と市太も首を振る。

「それなら、ここで待ってるか」

「そんな。先生たちはここに泊まるんですか」

「そういう事だ」

「そんな‥‥‥」

 錦渓は急に笑い出した。「心配するな。ここはな、わしのうちじゃ」

「えっ」と二人はポカンとした顔で錦渓を見つめる。

「わしはここで生まれて、次男だったもんだから、旗本の株を買って侍になったんじゃよ」

 その晩は明礬が見つかったお祝いだと小松屋の奢(オゴ)りで御馳走になり、花魁を目の前に酒を酌み交わした。二人共、カチンコチンに堅くなっていた。花魁はまるで、天女のような美しさ。聞き馴れない廓(サト)言葉が鈴のように聞こえ、夢の中にいる心地。勿論、花魁を抱く事はできなかったが、充分に満足だった。二人は錦渓の客人として遊女屋内にある一室を与えられた。

 次の日は芝居を見に行く予定だったが、それどころではない。夢の国をもっとよく知りたいと、二人は吉原見物をする事にした。まず、吉原細見(サイケン)という案内書を買って、隅から隅まで歩いてみた。

 吉原には色々な遊女屋があった。総籬(ソウマガキ)と呼ばれる大見世から、半籬(ハンマガキ)と呼ばれる中見世、惣半籬(ソウハンマガキ)と呼ばれる小見世、さらに、河岸見世(カシミセ)と呼ばれる下級の遊女屋まで、それぞれの予算に合わせて遊べる見世が揃っている。

 評判の遊女は松葉屋の瀬川に松人(マツンド)、扇屋の滝川に七越(ナナコシ)、丁字屋(チョウジヤ)の雛鶴(ヒナヅル)に丁山(チョウザン)、玉屋の小紫(コムラサキ)だと知った二人は一目見ようとウロウロするが、そういう高級遊女は見世を張らないので見る事はできなかった。ただ、鶴屋の菅原の花魁道中を見る事ができたのは幸運だった。

 禿(カムロ)二人に新造(シンゾウ)を引き連れ、菅原は高下駄を外八文字にゆっくりと歩く。噂によると菅原を呼んだのは造り酒屋の若旦那だという。菅原に相当入れあげているようで、まもなく、身代(シンダイ)を潰すんじゃないかとの評判だった。

 一日中、ブラブラしていても少しも飽きなかった。吉原名物、竹村伊勢の最中(モナカ)の月と巻煎餅(マキセンベイ)を食べ、群玉庵(グンギョクアン)の蕎麦を食べ、山屋の豆腐も食べて、気楽に入れる茶屋で、ちょっと酒を飲み、昼見世の遊女を見て回る。いつの間にか日は暮れて、行燈や提燈に火が燈ると、若い二人はただ見ているだけでは我慢できなくなって来た。せっかく来たんだから、遊んで行こうと大黒屋に戻って、錦渓を捜した。手頃な見世を紹介してもらおうと思ったのに、錦渓は昼近く、小松屋と一緒に出掛けたまま、まだ帰らない。遊び方もわからないので、二人は仕方なく、安く遊べる河岸見世に入った。大見世の花魁とは比べ物にならない遊女だったが、とりあえずは満足。

 そして、今日、朝早くから芝居見物に出掛けたのだった。朝起きると雨が降っていた。やめようかとも思ったが、意を決して番傘(バンガサ)を差し、助六(スケロク)気取りで大門を出る。浅草の観音様にお参りして、浅草御門を抜けて内神田に入り、馬喰町を通り、小伝馬町(コデンマチョウ)二丁目の角を左に曲がって、人形町通りから芝居町へと入って行った。

 さすが、天下の大芝居。その人込みは物凄かった。一昨年の冬にお世話になった芝居茶屋に顔を出し、中村座へと行く。中村座では『仮名手本忠臣蔵(カナデホンチュウシングラ)』をやっていた。

 成田屋(五代目市川団十郎)の由良之助(ユラノスケ)、路考(三代目瀬川菊之丞)のお軽、新車(市川門之助)の判官(ホウガン)、紀伊国屋(三代目沢村宗十郎)の勘平(カンペイ)、三河屋(四代目市川団蔵)の本蔵、三朝(サンチョウ、初代尾上松助)の定九郎(サダクロウ)、杜若(四代目岩井半四郎)のかほよと、それはもう、豪華な顔触れだった。吉原もいいが芝居もよかった。そしてまた、吉原に帰って行くというのが最高だった。吉原に居続けをしている金持ちになった気分だった。

 何とか無事に柳橋に着いた二人は猪牙舟に乗って吉原に帰って来た。その夜、二人は変わった男と出会った。昨日も吉原にいた。昨日は何もかもが珍しくて、そんな男など気にもかけなかった。今日は少し余裕もある。それとなく、その男を観察していると、二人のようにただブラブラしているだけではなかった。小さな手帳を持って、時々、真剣な顔をして絵を描いている。年の頃は市太たちと同じ位か。身なりもそれ程立派には見えない。江戸っ子というより田舎者という感じが何となく親近感を感じて、二人は声を掛けてみた。

 男は二人を見ると、「どこから来た」と聞いて来た。

 二人は上州だと答えた。

「ほう」と言ってから、「俺の絵を買ってくれ」と言った。

「有名な絵画きなのか」と聞くと、「そのうち、有名な絵画きになる」と言う。

 絵を見せてもらうと以外にもうまかった。二人は花魁を描いた絵と遊女屋を描いた絵を土産に買う事にした。そして、一緒に酒を飲んで意気投合した。

 男の名は鉄蔵、年は二人より二つ年上の二十四、役者絵で有名な浮世絵師、勝川春章(シュンショウ)の弟子で春朗(シュンロウ)という画号を持っていた。鉄蔵は錦渓の事も知っていた。錦渓の師匠の平賀源内にも会った事があるという。鉄蔵のお陰で二人は色々な事を知った。

 松葉屋の瀬川は茶の湯が好きで、今、越後屋の手代が夢中になっている。売り出し中の山東京伝(サントウキョウデン)という戯作者(ゲサクシャ)は扇屋の遊女、菊園に夢中になっている。吉原の入り口、五十間道にある蔦屋(ツタヤ)という本屋の主人はなかなかのやり手で、数年前までは吉原の細見を売っていたのに、今では売れっ子の恋川春町(コイカワハルマチ)や朋誠堂喜三二(ホウセイドウキサンジ)の黄表紙(キビョウシ)を売り出している。鉄蔵も蔦屋から浮世絵を出す予定だとか。花魁たちの口癖や廓言葉が遊女屋によって違う事など、吉原の事なら何でも知っている。二人は感心しながら話を聞いていた。ただ、まだ一人前の絵師ではないので、金には不自由しているようだった。

「今に、花魁の方から描いてくれって言って来るような有名な絵画きになってみせらア」

 二人は手頃な遊女屋に連れて行ってくれと鉄蔵に頼んだ。任せろと胸をたたいた鉄蔵が案内したのは昨日と同じ程度の河岸見世だった。がっかりしたが、遊女の応対は昨夜とまったく違っていた。鉄蔵の知り合いと言う事で何となく、和気あいあいしている。遊女たちと一緒になって夜遅くまで騒ぎ、その夜はその見世に泊まった。

 翌日の四つ(午前十時)頃、鉄蔵と一緒に大黒屋に戻ると錦渓はいた。明日の朝、鎌原に戻るぞと言って、また、どこかに出掛けて行った。

 鉄蔵は大黒屋のような大きな見世に入った事がないと、さっそく見世の中を絵に描き始める。昼時の遊女屋というのもまた面白いものだった。若旦那が連れて来た客人という事で、遊女たちも気楽に接してくれる。大金を払わなければ近寄る事もできない『雛之助(ヒナノスケ)』という花魁も仲間扱いしてくれた。雛之助の美しさにうっとりしながら、天に昇ったような心地で、二人は雛之助に頼まれて、部屋の掃除や後片付けを喜んで手伝っていた。

 八つ(午後二時)になり、遊女たちの仕事が始まった。市太らは商売の邪魔になるので、大黒屋を出て仲之町をぶらついた。今日も雨がシトシトと降っている。

「兄貴、どこに行くんだい」と市太は鉄蔵に聞く。

「おめえたち、明日、帰るって言ってたな」

「そうらしい。でも、兄貴に会えて面白かったよ」

「おめえたち、俺んちに来るか」

「えっ」

「旅支度をしてくらア。俺もちっと江戸を離れたくなった。煙を上げてるってえ浅間山が見たくなってな」

「それじゃア兄貴、俺たちの村に来るのかい」

「おう」

「そいつア面白え。大歓迎だぜ」

 という訳で、鉄蔵も一緒に鎌原に行く事となった。
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