天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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39.十月二十四日
2007年12月31日(月) 12:56
39.十月二十四日




 祭りから三ケ月が過ぎた。

 秋も過ぎて、厳しい冬が近づいている。村人たちは一致団結して新しい村作りに励んでいた。表通りもでき、大笹と鎌原を結ぶ道も、鎌原から狩宿を結ぶ道も普請(フシン)が始まっていた。

 表通りに面して、皆、平等に十間幅の屋敷割りもできていた。そして、今、十一軒の家を建てている。誰がそこに住むかは、まだ決まっていない。

 祭りの時、村人の心は一つにまとまって、そのまま、うまく行くかに見えたが、順調に行ったわけではなかった。残念な事に、村を去って行った者もいた。長い共同生活は初めの頃こそ、うまく行っていたが、やがて、皆に疲れが見えて来ると些細(ササイ)な事でも言い争いが始まった。

 用水の水を飲んで感動していた油屋の一家は、もう耐えられないと村を出て行った。長女が大笹の商家に嫁いでいるので、大笹で暮らすという。百姓代だった仲右衛門はおさよを口説いたが振られて出て行った。市太の家の分家である立花屋の親子も原町の妻の実家を頼って出て行った。その点、祭りの時、あれだけごねた扇屋の旦那はあれ以来、文句も言わずに一緒に働き、夜はみんなに義太夫を語って聞かせて満足していた。

 十月十八日には観音堂で百日忌(キ)が行なわれた。永泉坊に祈祷を頼みたかったが、怪我も治って旅立ってしまった。大笹の無量院(ムリョウイン)の和尚に頼んで法要をしてもらった。その日は仕事を休み、気分転換になるかと思ったが、逆効果だった。昔の事を思い出して、何でこんな苦労をしなけりゃならねえんだ。あれから百日も経ったのに、まともな家に住む事もできねえのかと、村人の心は一つになるどころかバラバラになってしまいそうだった。

 百日忌から四日後、市太はみんなの心を一つにまとめるために、ここらで一つ、祭りをやろうと半兵衛に提案した。

「何じゃ。今度は観音様の祭りでもやるのか」

「そうじゃねえ」と市太は首を振った。「今度は人間様の祭りをやるんだ」

「一体(イッテエ)、何をするつもりなんじゃ」

「祝言(シュウゲン)さ。三ケ月、一緒に暮らして来て、誰と誰がうまく行ってるか、わかるだんべ。そいつらをまとめて一緒にさせちまうんだ。伯父御たちが言ったように、家族を作らなきゃア、みんなバラバラになっちまう」

「早え話が、若旦那がおろくと一緒になりてえんだんべ」と半兵衛はニヤニヤする。

「若旦那って呼ぶなって言ったんべ」

「つい癖でな、どうも、市太郎とか市太とか、呼びづれえ」

「呼びづらくても頼むぜ。みんな、平等って言っときながら、若旦那もねえもんだ」

「ああ、わかった。で、市太とおろくはわかるが、あとは誰でえ」

「まずは、惣八とおまんだんべえ」

「うむ」と半兵衛も納得してうなづく。「あの二人は早くくっつけた方がいいな。最近は大っぴらにいちゃついていやがる」

「次に、丑之助とおしめ」

「うむ。あの二人もいいだんべ。おしめのような器量よしが、あんなウドの大木とくっつくたア一体(イッテエ)、どうなっちまったんでえ。わしには信じられねえ」

「丑が優しいからさ。おしめの言う事ア何でも、はいはいだ。おそめの面倒味もいいし、いい親子ができらア」

「そうだな。これで三組だ。他にもいるのか」

「伊八とおつねだ」

「ああ、あの二人か。二人ともおとなしいが真面目な夫婦になりそうじゃな」

「それと長治とおしま」

「おしまも草津に行ってから随分と活発になった。どうも、おしまの方から長治に近づいてったようじゃな」

「長治の奴はおなつが好きだったんだ。なかなか立ちなおれなかったらしいが、おしまのお陰で、その傷も癒(イ)えたようだ」

「賑やかな祝言になりそうじゃな」

 半兵衛が指折り数えていると、「まだ、いる」と市太は言う。

「なに」と半兵衛は顔を上げて、「誰だ」と聞いた。

「次郎右衛門とおふきだ」

「おうおう、そうだったな。二人とも子持ちでお似合えの夫婦になる。こうやってみると、夫を亡くした者と妻を亡くした者同士ってえのは、この二人だけか」

「男の方は独り者だが、おまんもおしめも夫を亡くしてる」

「まあ、そうじゃが、黒長の旦那が言うように、うめえ具合にゃア行かねえもんじゃな」

「連れ合えを亡くして、まだ三月余りだ。あせる事アねえさ。自然に任せときゃア、そのうち、くっつくべき者はくっつくさ」

「そうじゃな。それで、その六組の祝言をいつやるんじゃ。吉日(キチジツ)を選ばなけりゃならねえな」

「そう早まるなよ。もう一組いるんだ。こいつが一番肝心だ」

「何でえ、まだ、いるのか」

 半兵衛は考えるが思いつかなかった。市太も勿体をつけてなかなか言い出さない。

「おい、一体、誰と誰なんじゃ」

「半兵衛とおさよさんだよ」と市太は笑いながら言った。

 半兵衛はポカンとした顔で市太を見ていたが、急に我に返ったかのように手を振った。

「なに馬鹿な事を。冗談にも程がある」

「いや、こいつア絶対(ゼッテエ)にやらなきゃならねえ」と市太は真剣な顔付きで言う。「二人の祝言に比べたら、後のみんなは前座みてえなもんだ」

「おいおい。勝手に、そんな事を決めるなよ」

「おさよさんは名主のおかみさんだった。対して、半兵衛はただの馬方だ。この二人が一緒になる事によって、村の者が皆、平等だってえのが身をもってわかるんだよ」

「何を都合のいい事を言ってるんだ」

「おさよさんはみんなと対等に付き合っている。でも、みんなの方は未だにそうじゃねえ。名主のおかみさんだったってえのを忘れきれねえで接してる。おさよさんのためでもあるんだ。おさよさんが半兵衛と一緒になって初めて、みんなと同じ立場になれるんだよ。なア、半兵衛、頼む、おさよさんと一緒になってくれ」

「頼むって言われてもしょうがねえ。俺は勿論、文句アねえが、向こうが俺なんか相手にするわけがねえ」

「そいつアわからねえよ。最初(ハナ)っから諦めてちゃア何も始まらねえ。たった一人で村作りを始めた半兵衛じゃねえか。何もしねえで諦めるってえ手はねえぜ」

「そんな事、言ったってなア」

「俺アちょっと、おさよさんを呼んで来るからよう、うまくやれよ」

「おい、待て、ちょっと待ってくれ」半兵衛が慌てて引き留めても、市太は行ってしまった。

「畜生め、勝手な事を言いやがって。一体、どうしたらいいんでえ」

 日暮れ間近だった。朝晩はめっきり冷え込んで来ている。半兵衛は建て掛けの家の前を行ったり来たりして、どう言い出そうか考えていた。突然の事だったので、頭は混乱していて考えはまとまらない。どうしよう、どうしようと思っているうちに、おさよがやって来てしまった。

「半兵衛さん、あたしにお話があるんですって」

 襷(タスキ)を取りながら、おさよは笑った。

「えっ、まあ」

 半兵衛はおさよの顔がまともに見られなかった。毎日、顔を合わせて一緒に暮らし、半兵衛の心はおさよの虜(トリコ)になっていた。亡くなった妻の事を思うと申し訳ないと思うが、おさよに惹(ヒ)かれて行く自分の気持ちを押さえる事はできなかった。半兵衛がおさよに惹かれたのは初めてではない。おさよが鎌原村に嫁いで来る時、半兵衛は仲人を務めた市左衛門の供として干俣村まで何度も通い、おさよを見て、この世にこんな美しい娘がいるのかと一目惚れをした。しかし、相手は名主のお嬢さん、高嶺の花と諦めるより仕方がなかった。あれから十七年が経ち、高嶺の花は相変わらず美しく、しかも、すぐ身近にいた。市太が言うように、おさよと祝言を挙げられたら、どんなに素晴らしい事だろう。だが、所詮(ショセン)、夢じゃと諦めていた。

「寒くなりましたねえ。お正月には、うちもできるといいですね」

「そうじゃな」と言いながら半兵衛はおさよを見た。

 おさよは夕焼け空を眺めていた。

「市太の奴がな、みんなの心をもう一度、一つにまとめるためにも、祭りをしようって言うんじゃよ」

「まあ」とおさよは半兵衛を見て笑った。「それはいいかもしれませんね。最近、やたらとみんな、イライラしてるみたいだし」

「そうなんじゃ」

「どんな、お祭りをするんですか。観音様かしら」

「いや、そうじゃねえんじゃ。あの、頼みがあるんじゃが」

「何です」とおさよは半兵衛を見つめる。

 半兵衛は耐え切れずに視線をそらした。

「あの、怒らんで聞いてくれんか」

「何です。怒るなんて、何か悪い事でもするんですか。まさか、博奕(バクチ)をするんじゃ」

「いや、そうじゃない。そうじゃないんじゃ。実は、実は‥‥‥」

「実は何なんです」

「おさよさん、わしと一緒になってくれ」

 半兵衛は言ってしまってから、体中が熱くなって来た。おさよはじっと半兵衛の顔を見つめている。

「ダメか、ダメじゃな。いいんじゃ」

 半兵衛は急に恥ずかしくなって、おさよに背を向けた。

「いいえ」とおさよは小声で言った。「あたしのような者でよかったら、喜んで」

「何じゃと」半兵衛は振り返った。おさよは俯いていた。

「今、何と言ったんじゃ」

「あたしでよかったら、喜んで半兵衛さんと一緒になります」

「信じられん‥‥‥」

 おさよは顔を上げた。目が潤んでいるようだった。その潤んでいる目がじっと半兵衛の目を見つめた。

「信じられない事を始めたのはあなたです。あなたがいたから、あたしはずっと、ここにいたんです」

「半兵衛、やったじゃねえか」と市太とおろくが顔を出した。

「何じゃ、聞いてたのか」半兵衛は照れ臭そうに苦笑する。

「振られたら、慰めてやろうと思ってな」

「このう、畜生め」

「俺たちは邪魔なようだな」と市太はおろくの手を引いた。

「おめでとうございます」とおろくが言って、二人は去って行った。

「まるで、夢でも見てるようじゃ」半兵衛は首に掛けていた手拭で冷や汗を拭く。

「あたしだって」とおさよは恥ずかしそうに目を伏せる。「夫も子供も亡くして、何もやる気がなくなっていた時、あなたの名前を聞いたのです。あなたとは一度も話をした事はなかったけど、何となく気になって、ここに戻って来たんです。そして、あなたが一生懸命働いている姿を見て、あたしの心はときめきました。三十女が馬鹿なとお笑い下さい。まるで、娘のように胸が熱くなって‥‥‥これが恋っていうものかって、あたし、初めて知りました。それからはもう、自分でも何をやってるのかわからないくらい夢中になっちゃって‥‥‥」

「おさよさん‥‥‥」

「半兵衛さん‥‥‥」

 おさよは半兵衛の胸に飛び込んで泣いた。半兵衛は優しく、おさよを抱き締めた。

 十月二十四日の吉日、観音堂において、七組の祝言がささやかに行なわれた。その日、村の代表として百姓代に半兵衛、組頭に市太が選ばれた。





 あれから二百年余りの月日が流れ、鎌原村の下には当時の人々が安らかに眠り続けています。亡くなった人々の御冥福を心からお祈り致します。





合掌
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