天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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31.七月十三日
2007年12月16日(日) 12:15
31.七月十三日




 雨が毎日、降っていた。

 十日の午前中、若衆小屋も壊れるかと思う程の大揺れが来た。土砂が押し寄せて来るかと警戒したが、それはなく、正午頃には静まった。ただ、雨がお湯になって降って来たのには驚いた。まるで、草津の滝の湯を浴びているようで、男たちは裸になって湯を浴びた。

 一日中、雨が降っていたので、焼け石も冷えて歩けるだろうと思ったが、まだダメだった。夜になると雨降る中でも、焼け石が燃えて所々が明るかった。

 十一日、十二日も雨が降り続き、時々、揺れが来た。かなりの揺れなのだが、すっかり大揺れに慣れてしまった者たちにとっては何でもなかった。いちいち驚く気力もなく、もうどうにでもなれと開き直っていた。その頃、軽井沢方面では屋根に積もった灰が雨を含んで重くなり、家々が何軒も潰れていた。

 十三日になっても雨は降り続いた。幸い、灰を含んではいないので、溜めて置けば飲み水にもなり、体を拭くのにも役に立った。しかし、狭い小屋の中から外に出る事はできず、やる事もなく、ただじっとうずくまっているのは耐え切れない程の苦痛だった。

 ここに閉じ込められて五日が過ぎ、水ばかり飲んでいた生存者は皆、病人のようになっていた。中でも観音堂にいる扇屋の旦那はひどかった。下痢(ゲリ)と発熱、空腹と疲労でゲッソリしている。失った財産の事ばかり愚痴っていた旦那がおとなしくなったのはいいが、看病疲れで妻も母親も倒れてしまった。市太の兄嫁おきたも旦那の病が移ったのか熱を出している。若衆小屋でも百姓代の仲右衛門が最初に倒れ、大工の八右衛門の妻おまて、仙之助の母おいよ、与左衛門の娘おすき、半兵衛の娘おふじと移り、彦七の妻おしめもやられ、おしめから乳を貰っていた、おそめも熱を出してグッタリしている。このままでは全滅の危機が迫っていた。

 市太、半兵衛、お頭の杢兵衛が毎日、焼け石の様子を見に行くが、まだ歩けそうもない。元気な男衆なら何とかなるだろうが、病人を連れて行くとなると難しい。しかも、雨の中、連れて行くのは危険だった。

「もうギリギリじゃねえのか」と軒下に座り込んで、雨を恨めしそうに眺めていた半兵衛が隣に立っている市太に言った。「誰かが助けを呼んで来なけりゃ、みんな倒れちまうぜ」

「そうだな。おふじちゃんも倒れちまったしな」と市太も座り込む。

「わしたちがここにいるのを誰も知らねえに違えねえ。誰かが知らせなくちゃならねえ」

「どこまで行けるかわからねえが、明日になったら俺が行ってくらア」

「いや、わしが行って来る」

「それじゃア、二人で行くべえ。こっちの事はお頭に頼みゃア大丈夫だんべえ」

「そうじゃな、そうするか」

 二人が密かに相談しているとおろくが顔を出した。おろくも可哀想な位にやつれ果てている。生まれつき、何かをやらずにはいられない性分で、母親の看病に慣れているからと倒れている者たちの面倒を見ていた。面倒を見ると言っても栄養を付ける食べ物はない。熱冷ましの手拭を代えてやるか、水を飲ませるか、体を拭いてやる事しかできないが、自分も倒れそうなのに他人の面倒を見るのは大変な事だった。

「明日、行くんですか」

「聞いてたのか」

 おろくはうなづいた。

「気を付けて下さい。まだ、熱いんでしょ」

「板切れを持ってって、熱いとこはそいつの上を渡って行きゃア、何とかなるだんべ。すぐに戻って来るよ。何か必要な物はあるか」

「そうねえ。やっぱり、食べ物でしょうね。何かを食べなきゃ、みんな歩く事もできないでしょう‥‥‥そうだ、もう大揺れは来そうもないし、明かりも欲しいわね」

「油か‥‥‥いや、ローソクの方がいいな」

「二人共、なに言ってんだ」と半兵衛が言う。「助けを連れて戻って来りゃア、もうここにいる必要はねえんじゃよ」

「あっ、そうか」

「それじゃア、明日も雨が降ってたら、笠に合羽(カッパ)がいるわ、病人の分だけでも。駕籠(カゴ)も欲しいけど、道もないのに駕籠は無理ね」

「病人はおぶって連れて行くよりあるめえ。威勢のいい人足を連れてくらア」

 もう日暮れ間近だった。今日も一日が終わろうとしている。何もしないでボーッとしていると、どうしても亡くなった者たちの事が思い出された。

 おゆうと一緒になるために稼業に励んでいた勘治、おゆうは勘治が亡くなった事をまだ知らねえだんべ。村がなくなったのも両親が亡くなったのも知らずに、湯治客の面倒を見ているに違えねえ。

 おまんに惣八の事を聞いたら、八兵衛に頼まれて小道具を捜しに行ったと言う。どこに行ったのかは知らなかった。村から出て行ったなら生きてるかもしれねえ。無事を祈るしかなかった。

 妹のおさやと一緒になりてえと言ってた安治も亡くなった。半兵衛の話だと安は馬方に来なかったと言う。狩宿に行ったのなら生きてる可能性もあるが、うちにいたのなら絶望だ。いつも馬方稼業に励んでいたのに、あの日に限って何をしてやがったんだ。俺がいい顔しなかったから、安はまだ、おさやを抱いちゃアいねえだんべ。おさやも安が好きなようだった。こんな事になるんなら、二人をうまく取り持ってやりゃアよかった。

 丑之助は狩宿が無事なら生きてるかもしれねえ。丑が惚れてるおしめは独りぼっちになって生きている。おしめのためにも生きていてほしいもんだ。

 おなつとおなべも死んじまった。俺も惣八も二人が嫌えになったわけじゃねえ。二人共いい女だった。あん時、ここにいたのに何で降りて行っちまったんだ。

 桔梗屋の姉さんも亡くなっちまった。大酒飲みだったが、いい女だった。何かあった時、姉さんと一緒に酒を飲むと何となく心が和(ナゴ)んで嫌な事も忘れられた。

 畜生、何でみんな、死ななきゃアならねえんだ。何も悪(ワリ)い事なんかしちゃアいねえのに、どうして死んじまったんだ‥‥‥

「市太さ〜ん」とおろくが呼んでいた。

 顔を上げるとおろくが観音堂の前に立っている。

「おめえ、雨ん中で何してんだ」

「ちょっと、早く来て」

 市太は隣にいる半兵衛と顔を見合わせ、一緒におろくの側に駈け寄った。おろくが指さす方を見ると、夕闇の中、焼け石が燃えている火が見えた。

「畜生め、まだ、あんなに燃えていやがる」

「そうじゃないのよ」とおろくは首を振った。「あの火がだんだん近づいて来るの」

「何だと」

 改めて、火を見つめるとおろくの言ったように火が近づいて来る。数えると五つの火がこっちに向かって来ていた。

「もしかしたら、松明(タイマツ)か」

「人が来るのか」

 三人は信じられないという顔をして近づいて来る火をじっと見つめた。やがて、話声も聞こえて来た。

「おーい、こっちだア」と市太は大声を上げた。

「誰かいるのかア」と声が返って来た。

「こっちだ、こっちだ」と市太たちは石段の下まで降りた。

「何だ、何だ」と観音堂や若衆小屋からも動ける者たちが出て来た。

「誰だア、そこにいるのは」

「橘屋の市太郎だ。他にも六十人余りいる」

「市太か。俺ア丑之助だ」

「丑か、おめえ、生きてたのか。おい、もうそこは歩けるのか」

「まだ焼けてる。高下駄を履いて来たんだ」

「そうか、気を付けて来いよ。さっきはまだ熱(アチ)かったからな」

 やがて、松明を持って、笠と蓑を着込んだ丑之助がやって来た。何から何まで泥だらけ、高下駄を履いて来たと言ったが、下駄の歯はすっかり焼けて、歯なんかほとんどない。丑之助の後に仙之助、おかよの兄の長治、与七の伜の孫八、おみやの兄の三右衛門がいた。

「市太、おめえ、大丈夫か」丑之助は泥だらけの顔で市太を見ながら嬉しそうに笑った。

 市太も嬉しそうに丑之助たちの顔を見回した。助けが来るなんて夢でも見ているようだった。皆で手を取り合って喜び合った。

「まるで、病人の面だぜ」と丑之助は市太の顔を改めて眺めながら言う。

「ここには食う物が何もねえんだよ」と市太は病人たちのいる観音堂の方を見る。

「飲まず食わずで、ずっと、ここにいたのか」

「水だけさ。おめえらは飯が食えたのか」

「ああ、飯は食えた。狩宿は大丈夫だったんだ。ただ、怪我人が何人もいる」

「馬方で死んだ奴はいねえのか」

 丑之助は首を振った。

「死んだ者の方が多い。生き残ったのは二十人だけだ」

「そうか‥‥‥雨ん中で長話をしてる事アねえ。小屋の方に行くべえ」

 丑之助は山守の伜だった。兄の八蔵は延命寺の和尚とお山に登って行って亡くなった。八蔵の妻と二人の子供も亡くなったが、隠居の長兵衛と母親、妹と弟は生きていて、再会を喜び会った。

 仙之助の両親は生きていた。具合が悪かった母親は諦めていた息子が帰って来たので、病も忘れたかのように喜んでいた。

 長治の両親はいなかった。それでも、妹のおかよとおこう、姪のおそめに再会し、よかったよかったと涙を流した。

 孫八は畑にいて助かった与七夫婦の伜で、家族は皆、無事だった。弟の富松も怪我をしているが狩宿にいるという。八人の家族が全員、無事というのは奇跡に近かった。

 三右衛門は酒屋の伜で、あの日の朝早く、父親に頼まれて大戸の分限者であり、造り酒屋もやっている加部安左衛門の所に行っていた。大戸で浅間焼けに会い、慌てて戻って来たが、狩宿から先へは行けなかった。丑之助たちと一緒に焼け石が冷えるのを待って、やって来たのだった。父親と母親、一緒に暮らしていた叔母と叔父が亡くなっていた。それでも、妹のおみやと弟の平次と再会し、苦労して来てよかったと喜んだ。

 丑之助の話によると、土石流が来た時、鎌原を最初に出た馬方たちは、後もう少しで狩宿に着く所だった。次から次へと鎌原を出たので、道には荷物を積んだ馬がずらりと並んでいる。命が助かったのは先頭から二十人までだった。後ろの者たちは、あっと言う間に土砂に押し流されてしまった。生き残った二十人のうち、後方の九人は怪我をした。二頭の馬を引いている者もいたので馬は三十頭近く助かったという。

 すぐに村に帰りたかったが、土石流の後に来た火砕流が焼けていてどうする事もできない。今日になって意を決し、高下駄を履いて焼け石の上を歩いて来た。狩宿から鎌原までは二里(約八キロ)しか離れていないのに、四時(八時間)余りも掛かったという。

「まったく、すげえもんだ。でけえ岩や太え木がゴロゴロしてやがる。雨が降ってて、お山も見えねえ。辺り一面、焼け石が広がってて方向もわからねえんだ。小宿(コヤド)は全滅だった。常林寺(ジョウリンジ)もすっかり埋まっていやがった。赤川も小熊沢も埋まっちまったが、雨が降り続いたんで、あっちこっちに川ができていた。焼け石は熱(アチ)いし、焼け石のねえとこは泥だらけで足が埋まっちまうんだ。まったく、えれえ目に会ったぜ」

「村の様子はどうだった」と市太は聞いた。

「ひでえもんだ。小宿を見て覚悟はしてたんだが、まさか、こんなにひでえたア思ってもいなかった。村があったってえ形跡なんかどこにもねえ。みんなすっかり埋まってる。ただ、お諏訪様の屋根だけが少し顔を出していた。それで、観音堂の位置がわかって、あそこは高えから無事だんべえってやって来たんだ」

「そうか、お諏訪さんの屋根だけが顔を出してたか‥‥‥」

 市太が呆然としていると、

「永泉坊が見えねえようだけど」と丑之助が言った。「助けを呼びに行ったのかい」

「そうじゃねえんだ。村がなくなっちまったんは永泉坊のせいだってな、みんなして追い出しちまったんだよ」

「追い出しちまったって、どこにも行けなかったんだんべ」

「そうなんだが、どっかに消えちまった。どっかに逃げ道があるのかと捜し回ったんだが見つからねえ。どうやって出てったんだか、未だにわからねえ」

「そうか‥‥‥」

 市太が丑之助から話を聞いているように、他の者たちも狩宿から来た者から話を聞いていた。身内が生きていると聞いて喜ぶ者もいれば、亡くなったと嘆く者もいる。それでも、生存者の数が増えたのは嬉しい事だった。

「惣八も安も死んじまったのか」と丑之助が市太に聞いた。

「ああ、みんな、死んじまったよ」

「そうか‥‥‥」

「幸助はどうした。生きてるのか」と市太が丑之助に聞いた。

 丑之助は首を振った。

「ダメだったか‥‥‥」

「金四郎の奴、怪我をして向こうにいるんだけど、嫁さんの事を心配(シンペエ)していやがった。奴の嫁さんはどうなんだ」

「ダメだ。金四郎んちはみんな死んじまった」

「そうか。奴が来なくてよかった‥‥‥」

 外もすっかり暗くなった。松明も消えて、すっかり闇に包まれ、人々の話し声もやみ、雨の音と時々、咳き込む病人の声だけが響き渡った。狩宿から来た者たちも身内の側に行ってうずくまった。市太もおろくの側に行ってうずくまり、長く辛い夜を迎え入れた。
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