天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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29.七月八日.2
2007年12月12日(水) 11:37
29.七月八日








 一瞬にして鎌原村は消えてしまった。あれ程大量の土砂が一気に押し寄せて来るなんて、まったく、考えられない事だった。

 生存者は観音堂に集まっていた、たったの六十一人。その内訳は女が三十九人、男が二十二人。生き残った村役人は百姓代の仲右衛門一人だけ。名主の儀右衛門、組頭の平太夫(おみやの父)と伴右衛門は延命寺の和尚と一緒にお山に登った。生きているとは考えられない。年寄役の市太の父親は問屋で仕事をしていて埋まってしまった。他の村役人は皆、延命寺にいた。延命寺でも祈祷をしていたので、村役人だけでなく村人たちが大勢、集まっていた。

 仲右衛門も延命寺にいて、今後の対策を練っていたが、長老の意見を聞こうという事になり、観音堂にいた市太の祖父、市左衛門とお山の事なら何でも知っている山守の隠居、長兵衛を呼びに来て助かったのだった。

 仲右衛門と同じように、村にいたが寸前に観音堂に来て助かった者が数人いる。馬方を集めに来た半兵衛と、危ないから土蔵に帰れと皆を呼びに来た杢兵衛の他に、旅籠屋『扇屋』の清之丞(セイノジョウ)の兄、吉右衛門とおきよの兄嫁おふき、おみやの叔母おいねがいた。

 吉右衛門は旅籠屋の留守番をしていたが、銭勘定(ゼニカンジョウ)でわからない事があって、清之丞に聞きに来て助かった。吉右衛門は清之丞の兄だったが、稼業の旅籠屋を嫌って、一時、村を出ていた。仕事に失敗して、六年前に妻を連れて戻って来た。当時、父親は生きていて、身勝手な吉右衛門を許さず、稼業を弟に譲り、吉右衛門は弟に使われていた。

 おふきは娘のおふさを呼びに来て助かった。おふさは市太の妹おくら、半兵衛の娘おふじと一緒に来ていた。おいねは伜の久吉を呼びに来て助かっている。

 その逆で、観音堂にいたにもかかわらず、寸前になって村に下りて亡くなった者もいる。

 名主の家族は、延命寺の和尚と一緒にお山に登った儀右衛門の無事を祈るため、家族揃って観音堂に来ていた。観音堂からお山に入って行く名主の姿を見送り、しばらくお祈りした後、家に帰って亡くなった。儀右衛門の妻のおさよだけは娘を呼びに来たおふきと立ち話をしていて観音堂に残り、助かっている。一旦、家に帰った家族は家の中の片付けをしていたが、大きな揺れが来て、儀右衛門の事が心配になった。殊(コト)の外、母親は心配になり、石が降り止むと儀右衛門の姉におぶさって観音堂へと向かった。後もう少しで観音堂にたどり着くというその時、土砂を被り、石段の上に折り重なって亡くなってしまった。

 おなつとおなべも観音堂にいたのに、市太とおろくの姿を見つけ、いたたまれずに村に帰っている。三治は隣に住むおかめ婆さんと一緒に村に下りていた。おかめ婆さんが一人でいる三治を見つけ、おろくが心配しているだろうと連れ帰ったのだった。

 おろくはそんな事は知らない。観音堂の近くにいるに違いないとあちこち捜し回ったが見つからず、三治が亡くなったのは自分のせいだと泣き続けた。おろくは三治だけでなく、家族全員を失っていた。父親の甚左と叔父の三治は潰れた家の側で亡くなり、寝たきりの母親と兄、甚太夫は市太の家の土蔵の中で亡くなった。姉のおくめは旅籠屋の桐屋にいて、桐屋の家族共々亡くなった。松五郎は問屋で荷物の整理をしていて亡くなった。

 市太は父親の作右衛門と兄の庄蔵、叔父の弥左衛門、従弟(イトコ)の五郎八、従妹(イトコ)のおつた、おさつを失った。父親と兄、叔父と従弟は仕事をしていて、幼い従妹二人は蔵の中で眠っていた。

 勘治も死んだ。惣八も死んだ。おなつも死んだ。おなべも死んだ。安治も死んだ。丑之助も死んだ。幸助も死んだ。おきよも死んだ。桔梗屋の姉さんも死んでしまった。

 馬医者の八兵衛は死んだが、おまんは無事だった。おまんは義姉(アネ)である杢兵衛の妻おすみと一緒に観音堂に来ていた。杢兵衛の蔵に避難していた、おしめとおまちも一緒だった。

 半兵衛は妻と二人の伜と二人の娘を失なった。娘のおふじだけは市太の妹おくらと一緒にいて助かった。

 おかよも姪っ子をおぶったまま生きていた。妹のおこうも無事だったが、両親、兄夫婦、すぐ上の兄、長治は亡くなった。

 家族が揃っていたのは子供のいない杢兵衛夫婦だけだった。

 村がなくなり、村人のほとんどが亡くなってしまったのにもかかわらず、平然と祈祷を続けている永泉坊に対して、熱心な信者だった山守の隠居の怒りが爆発した。

「うるせえ、もうやめちまえ」と並べてある法具(ホウグ)を手のひらで倒してしまうと永泉坊も、「何をするんじゃ」と長兵衛を取り押さえる。

 それを見ていた男衆は、「このイカサマ祈祷師め」と永泉坊をこづき始めた。

 市太も半兵衛も永泉坊がめった打ちされるのを眺めながら止める気力もなかった。自業自得だと心の中で思っていたのかもしれない。永泉坊は観音堂から追い出され、裏の森の中に逃げて行った。

 この日、鎌原村を埋め尽くした大量の土石流と火砕流(カサイリュウ)は吾妻(アガツマ)川に押し出して、流域の村々とすべての橋を押し流しながら利根川に突っ込んだ。川の水と周辺の樹木や家屋(カオク)を巻き込んだ土石流と火砕流は川幅を数倍に広げ、燃えている石が煙を立ち昇らせながら流れていたという。鎌原村を埋めてから一時間足らずで利根川に合流している。物凄い速さだった。

 平常よりも十メートル余りも水位を上げて流れる泥流は前橋の天狗岩用水、広瀬川、桃木(モモノキ)川を埋め、烏(カラス)川との合流点にある五料の関所を埋め尽くし、関宿(セキヤド)から二手に分かれ、一方は江戸へ、もう一方は銚子へと流れ去った。

 大笹宿は畑が少々泥を被っただけで無事だったが、小宿(コヤド)村、芦生田(アシウダ)村、大前村、西窪(サイクボ)村、羽根尾村、坪井村、新井村、長野原村は家屋がすべて流失した。亡くなった者たちは鎌原村が最も多く、四百七十七人、鎌原村の北に位置する小宿村が百四十一人、芦生田村が百十六人、大前村が二十七人、西窪村が五十八人、羽根尾村が二十七人、坪井村が八人、新井村が二人、長野原村が百五十二人と記録されている。この他にも吾妻川流域の村々には死者が多く出ている。

 そんな事は観音堂にいる者たちはまだ知らない。家族と財産を一瞬にして失った悲しみに泣き暮れていた者たちも、夕暮れが近づくにつれて、このまま、こんな所にいつまでもいられない。どこかに逃げようという事になった。石段の方には行けない。焼け石が熱くて歩く事はできなかった。

 観音堂から村に下りるには石段の他にも、市太の家の裏にある十王堂に下りる道もあった。そこから道は延命寺へと続いている。市太が半兵衛と一緒に調べてみたが、石段と同じように途中から焼け石で埋まっていた。市太の家も延命寺もすべて焼け石の下に埋まっている。この下に村があった事など、まるで嘘のように黒々とした焼け石が燃えながら広がっていた。

 こっちがダメなら大笹の方に行こうと男衆は三組に分かれて観音堂裏の森の中に入って行った。鳥や獣は逃げ去って行ったのか不気味な程に静かだった。浅間山の唸る音が聞こえるだけだった。

 市太は半兵衛とおみやの弟、平次と一緒に森の中に入った。

「おめえは確か、おかよの妹と一緒にいたっけなア」と市太は平次に聞いた。

「はい」と平次はうなづいた。

「毎日(メエンチ)、来てたのか」

「そうじゃねえけど」

「まあ、助かってよかった。おめえがおこうを連れて来たお陰で、おかよも助かったようなもんだ」

「でも、父ちゃんも母ちゃんも‥‥‥」

「しょうがねえさ。おめえが酒屋をやるしかねえ」

「俺にはとても酒屋なんか‥‥‥市太さんは問屋をやるんですか」

「俺が問屋だと」市太は思わぬ事を言われて驚く。「そうか、親父も兄貴も死んじまったのか‥‥‥」

「問屋をやるのは若旦那しかいねえ」と半兵衛が口を挟んだ。

「そんな事、急に言われてもピンと来ねえぜ。俺ア貸本屋をやるつもりだったんだ」

「貸本屋じゃと。何を寝ぼけた事を言ってやがるんだ。村の者が百人もいねえってえのに何が貸本屋じゃ」

「爺ちゃんの本も俺の本もみんな埋まっちまったんだ、畜生。そういやア舞台も埋まっちまったじゃねえか。芝居はどうなるんでえ」

「祭りなんかやれねえだんべなア」

「畜生、あんなに稽古をしたのによう」

「これじゃア役者も揃(ソロ)わねえ」

「そういやア、路考も死んじまったのか」

「いや、わからねえ。狩宿もこんな有り様じゃア、勿論、助からねえが、向こうが無事なら助かったかもしれねえ」

「他に誰が助かりそうなんだ」市太は期待を込めて半兵衛に聞く。

「若旦那の仲間じゃ丑之助と長治は助かるかもしれねえ。早えうちに出てったからな」

「丑と長治が助かるのか。幸助と伊之助はどうなんでえ」

「わからねえな。あん時は多分、小宿辺りだんべ。あそこが無事なら助かるがな」

「小宿か‥‥‥助かってくれりゃアいいが。勘治と惣八の二人はダメだんべえな」

「ああ、多分、うちにいたんだんべ」

「畜生、あいつらも埋まっちまったのか」と言った後、思い出したかのように、「おまんは観音堂にいたな」と市太は半兵衛を見る。

「ああ、お頭のかみさんと一緒にいたよ」

「おまんに聞きゃア、惣八の事がわかるかもしれねえ。どうも、奴はうちにゃアいなかったようだ」

「あの馬鹿はまだ、おまんのとこに出入りしてたのか」

「八兵衛に小道具の事を頼まれたらしい」

「何じゃと。まったく、呆れるぜ。惣八が馬鹿なら、八兵衛はそれを上回る大馬鹿じゃな。何を考えているやら‥‥‥そうか、八兵衛も死んじまったか」

 森を抜けて視界が開けた。西窪(サイクボ)へ行く道と大前、あるいは大笹に行く道が見えるはずだったが、そんなものはどこにもない。見渡す限り、焼け石が敷き詰められ、煙を上げていた。所々に山から押し流されて来た大木や岩が埋まっている。浅間山が吹き出した土砂と焼け石の莫大な量に呆れるほかなかった。

「すげえ」と平次は思わず呟いた。

「この様子じゃ、西窪も大前も埋まっちまったかもしれねえな」と半兵衛は力が抜けたように座り込んだ。

「それにしたって、西窪も大前も川向こうだぜ。大丈夫なんじゃねえのか」

「わからねえ。吾妻川も埋まっちまったかもしれねえ」

 半兵衛は枯れ木の枝を拾うと焼け石に付けてみた。ジューと焼ける音がして焦げる臭いがした。とても歩ける状況ではない。半兵衛はダメだというように首を振った。

 観音堂に帰ると北の方を調べに行った扇屋の旦那、清之丞たちが戻っていた。

「どうでした」と半兵衛が聞くと、「ダメだ。どこにも行けやしねえ」と絶望した顔で首を振った。

「みんな焼け石ですっかり埋まってる。芦生田道も中居道もみんな、焼け石の下だ」

「そうか、こっちもダメだ。西窪にも大前にも大笹にも行けねえ」

「後は南に行ったお頭たちだが、南は無理だんべな」

 観音堂の前で疲れた顔を突き合わせていると、やがて、杢兵衛たちが戻って来た。新たな生存者を五人を連れて来た。与七とおしんの夫婦と伜の嫁おとめ、娘のおとわ、それと半之丞の妻おふよだった。五人共、観音堂より南の高台にある畑で仕事をしていたという。

 与七夫婦は火災で家を失って、観音堂裏の若衆小屋に仮住まいしていた。もっとも、仮住まいといっても、若衆小屋に泊まったのは五日の夜だけで、六日、七日の夜は、おみやの家の蔵の中に避難している。二人の伜、孫八と富松は馬方に出て行き、父の与兵衛と孫の幸吉はお参りのついでに仮住まいに戻っていて無事だった。

 与七夫婦は家を建てるために稼がなければならないと暇を見つけては畑に出ていた。大揺れが来た後、観音堂にいた娘のおとわは祖父の与兵衛に言われて、畑にいる両親と兄嫁を迎えに行った。観音堂の石段を降りて浅間山の方に向かって走った。浅間山の方から得体の知れない大きな物が煙を上げて迫って来るのを目にしたが何だかわからなかった。とにかく早く、両親のもとに行って、両親を連れ帰らなければならないと必死になって畑に向かった。両親たちは畑の一番上にいて、浅間山の方を呆然と眺めている。おとわの声を聞いて驚き、早く来いと手招きした。ほんの一瞬の差でおとわは助かった。村を埋め尽くした土石流はおとわのすぐ下まで迫っていた。

 おふよは夫の半之丞と二人で畑の石や砂をどけていた。十六歳の伜は馬方に出て行き、十歳の伜と六歳の娘は近くにある茶屋『駒屋』の蔵で眠っていた。大揺れが来て、石が降って来た時は畑にある物置に避難した。その時、半之丞は駒屋に馬がいたのを思い出して、ちょっと借りて来ようと村に下りて行った。それから、すぐだった。土石流が津波のように押し寄せて来て、半之丞は必死に逃げたが間に合わず、おふよの目の前で土砂に飲み込まれてしまった。

 おふよは目の前で夫の死を見て、絶望していた。村人はみんな亡くなり、自分一人だけが生き残ったと思い、不安と恐怖にさいなまれていた。そこに与七夫婦たちがやって来た。自分の他にも生きている人がいたと涙を流して喜び、一緒に観音堂を目指して森の中をさまよった。そして、杢兵衛たちと出会ったのだった。

 与七夫婦たちは家族の再会を喜んだ。おふよの身内はいなかったが、村人たちと一緒になれて恐怖心は消えていた。

「それで、お頭、南の方はどうじゃった」と半兵衛が杢兵衛に聞いた。

「ダメだな」と杢兵衛は首を振る。「すっかり、焼け石で埋まってる」

「畜生。まったく、孤立しちまったか」

「ただ、古井戸までは何とか行く事ができた」

「行けたか。そいつはよかった」

「大笹道もすっかり埋まっちまったが、幸いに焼け石がねえ場所があった。そこを通れば、何とか行ける」

「古井戸は無事なのか」半兵衛が聞くと、皆が期待を込めて杢兵衛を見た。

「無事とは言えんな。やはり、土砂を被ってた。けどな、水が滲(ニジ)み出てたんで、少し掘り起こしてみたら、水がチョロチョロ出て来たんだ。手だけじゃアそれ以上は無理だ。確か、ここにも鋤(スキ)や鍬(クワ)ぐれえはあったと思ったが」

「ああ。あるはずじゃ」

「水さえありゃア二、三日は生きられる。二、三日たちゃア、焼け石も冷めるだんべ。そうなりゃ、どこでも行ける」

「助かった、助かった」と皆、顔を見合わせて喜んだが、

「二、三日と簡単に言うが、食う物もねえんだぜ」と清之丞が不平を言う。

「とにかく、今やるべき事はそこを掘って、水を汲んで来る事だな」と清之丞の兄、吉右衛門が言った。

「そうだ。暗くならねえうちにやっちまおう」

 男衆は鋤や鍬、棒切れなど穴を掘る道具と桶や酒どっくりなど、水を入れられる物を持って古井戸へと出掛けた。
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