天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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27.七月七日
2007年12月08日(土) 10:17
27.七月七日




 昨日の昼八つ(午後二時)、今までにない大噴火が起こった。耳をつんざく大音響と共に、天も地も裂けてしまいそうな凄い揺れが来た。とても立ってなどいられない。皆、転がるように家を飛び出すと地に身を伏せて浅間山を見上げた。山頂付近は真っ赤に燃えて、天に向かって勢いよく吹き出す黒煙から火の玉が四方に次々と飛び出している。やがて、砂と小石が降って来て、人々は土蔵の中に逃げ込んだ。

 せっかく、補強したおろくの家は今にも崩れそうになり、市太はおろくの家族を自分の家の土蔵に連れて行った。土蔵のない者たちは皆、家から出て近所の土蔵に入れて貰ったり、延命寺に逃げ込んだり、芝居の舞台に逃げ込んだ者たちもいた。馬たちは恐怖に脅えて、気がふれたようにいななき、騒ぎ回るがどうする事もできない。家の中の馬屋につないだまま無事を祈るしかなかった。

 夜になっても大焼けは止まらなかった。雷鳴は鳴りやまず、花火のように飛び散る火の玉は山裾を焼いていた。降って来る小石の大きさはだんだんと大きくなって行き、一寸を越える石が落ちて来ては砕け散った。お山の鬼は一晩中、騒ぎ続け、村人たちは一睡もできなかった。

 長く辛い夜が明けた。夜が明ければ、お山もくたびれて静かになるだろうと思っていたが無駄だった。疲れを知らないお山は相変わらず唸り続け、揺れも治まらず、小石を降らし続けた。それでも、真っ暗闇にじっとしていた村人たちは恐る恐る、綿入れ頭巾(ズキン)や布団を被って外に出た。

 地面には黒っぽい軽石が積もり、歩くだけで足の裏が痛くなる。用水の中にも石は積もって、今にも水があふれ出そうだ。石を浚わなければならないが、こう、石が降り続いていたのでは仕事にならない。浅間山を眺めると、よくもまあ、煙が尽きないものだと呆れる程、黒煙を吹き上げていた。

 おろくの父親が心配するので、市太は松五郎を連れて、おろくの家を見に行った。石に打たれながら、石の積もった表通りを走った。

 おゆうの家が傾いていた。おゆうの父親、三左衛門が呆然として、我が家を眺めている。

 おろくの家は傾いてはいなかった。市太は外回りを調べた。壁土のあちこちが剥げ、大きなヒビが入っている。これ以上、大揺れが続けば危なかった。松五郎は家の中に入って、馬の無事を確かめた。馬に飼葉(カイバ)と水をやり、家の中を一通り調べて外に出た。

「俺はここに残ります」と松五郎は言った。

「ダメだ。危ねえ。ここにいたってどうする事もできねえ。揺れがやむまでは蔵ん中にいた方がいい」

 馬がいなないた。後ろ髪を引かれるような気持ちで、二人はおろくの家から離れた。

「ついでだ。舞台をちょっと見て行くべえ」と市太は言う。

 松五郎はうなづき、市太の家の前を通り過ぎて、諏訪の森に向かった。舞台は無事だった。十数人の者が布団にくるまって避難している。その中に幸助の兄弟の姿があった。

「うちが潰れちまったよう」と幸助は悔しそうに言った。

「なに、おめえんちもやられたんか」

「畜生め、木が倒れて来やがった。俺んちは真っ二つになって、勘治んちもやられた」

「木が倒れただと」

「ああ、うちん中にいなくてよかったよ。でも、これからどうしたらいいんでえ、畜生め」

 幸助と一緒に見に行くと欅(ケヤキ)の大木が幸助の家と勘治の家の上に横たわっていた。幸助の家はメチャクチャに潰れ、いくつもの太い枝が勘治の家の屋根にめり込んでいた。

「こいつアひでえや‥‥‥」

「ひでえなんてもんじゃねえ」

 揺れがまた来て、大木はさらに倒れ込んだ。

「危ねえ。他の木も倒れて来るかもしれねえ」

 市太たちは倒れた大木に気を付けながら、鶴屋の裏にある土蔵に向かった。二つある土蔵に近所の者たちが避難していた。

「あーら、若旦那じゃないよう」とおゆくが蔵から顔を出した。「ねえ、いらっしゃいよ。一緒に飲みましょ」ヘラヘラ笑いながら、おゆくは手招きする。

「姉さん、こんな時に酔っ払ってんのか」市太は呆れ顔。

「こんな時だから、酔わずにゃアいられないんじゃないか」

「おう、市太か。おめえ、姉さんを何とかしてくれよ」と勘治も顔を出した。「まったく、まいるぜ。この調子で一晩中、飲んでいやがる」

「おい、若旦那。あたしのお酒が飲めないってえのかい。ほら、例のお酒だよ。何だっけねえ。お江戸の奴さ」

「おめえ、姉さんを連れてってくんねえか」

「そう言われてもなア。うちの蔵も一杯(イッペエ)だぜ」

「頼むよ。そうでもしねえ事にゃア、追い出されちまう。俺もこれ以上、庇(カバ)いきれねえや」

 市太は蔵の中にいる者たちの顔を見た。皆、疲れ切った顔をしていて、おゆくを睨んでいる。おゆくの家族でさえ、うんざりした顔で、連れて行ってくれと目で訴えていた。

「しょうがねえなア。姉さん、引っ越しだ。俺と来てくれ」

「嬉しいねえ。やっぱり、若旦那はいい男だよ」

 おゆくはヨロヨロとした足取りで蔵から出て来て、市太に抱き着いて来た。

「おっと、危ねえ。姉さん、何か被らねえと頭が潰れるぜ」

「いいんだよ、そんなの潰れたって。それより、勘治、そこにあるとっくりを取っておくれ」

「もう酒なんか空っぽだよ」

「わかってるさ。だから、うちから取って来るんだ。あれを飲まずに死ねるかい」

 市太はおゆくに自分の頭巾を被せ、勘治から借りた菅笠を被って、おゆくを抱えるようにして勘治と別れた。途中、桔梗屋に寄って、酒をとっくりに詰め、松五郎に持たせて家に帰った。市太の蔵にはおかよがいる。同じ酔っ払い同士で気が合うだろうと、おゆくをおかよに預けた。

 昼の四つ(午前十時)、また大爆発が起こった。蔵の中の荷物が崩れ落ちて、おかよの兄、助八が怪我をした。揺れが弱まるのを待って、市太は馬医者の八兵衛を呼びに行った。

 ついに用水から水があふれ始めていた。諏訪の森には倒れた木が何本もあった。勘治の家を見ると、屋根で止まっていた大木は旅籠屋を完全に潰してしまっていた。その隣の家も潰れている。傾いた家もかなりあった。

 八兵衛の家の中は小道具がメチャメチャになっていた。裏にある蔵を覗くと、路考が真っ青な顔をして震えている。おまんの家の蔵には路考の家族とその隣の彦兵衛の家族が避難していた。惣八がいるかもしれないと思ったが姿は見えない。八兵衛の姿もなかった。

 おまんに聞くと八兵衛は朝早く、栄屋さんが呼びに来て出て行ったまま、まだ帰って来ないという。

 市太は来た道を戻って、栄屋に向かった。栄屋はおなつの家だった。おなつとは顔を合わせたくないがしょうがない。蔵の方に行こうとしたら、ばったりとおなつと出会った。

「おめえ、何してんだ。こんな時、出歩く奴があるか」

「あんたこそ、こんなとこで何してんのさ」

「八兵衛を捜してんだ。ここにいるのか」

「そんなのもうとっくに帰ったよ」

「うちにはいねえ。どこに行ったんだ」

「さあ」とおなつは桶を持って表通りに出ようとする。

「誰が怪我したんだ」

「父ちゃんさ。物置が倒れて下敷きになっちまったんだ。あちこち打って熱があるんだよ」

「そいつは大変(テエヘン)だ。俺が汲んで来てやらア。おめえは蔵ん中に入ってろ」

 市太は石降る中、用水から水を汲んで、おなつに渡した。

「ありがとう‥‥‥」

「八兵衛はどこに行ったかわからねえのか」

 おなつは首を振った。

「畜生め」

 市太は手を振るとおなつと別れた。あちこちの蔵を覗き回って、ようやく、旅籠屋の桐屋の蔵にいる八兵衛を見つけた。

 桐屋の蔵には半兵衛の家族とおろくの姉おくめが避難していた。怪我をしたのは半兵衛の妻で、武蔵屋の女将、おゆわだった。大揺れが来た時、武蔵屋に帰っていて、馬が暴れて馬屋から飛び出し、それを静めようとして蹴られたらしい。半兵衛が心配になって家に帰ると、おゆわは土間に倒れたまま唸っていて、馬の姿は見当たらなかったという。幸い、あばら骨を折る事はなく、打ち身だけで済んだ。

 治療が済むと市太は八兵衛に来てくれと頼んだ。

「まったく忙しいこった。朝から休む暇もありゃしねえ。まだ、飯も食ってねえんだぜ」

「飯ぐれえ食わせるよ」

「飯よりもは酒の方がいいな」

「酒もある。酒の相手をしてくれるのもいる」

「何でえそりゃア」

「桔梗屋の姉さんがもうできあがってらア」

 八兵衛は大笑いして、「そいつア楽しみだ」と荷物を抱えて走り出した。

 助八の治療をしているうちにも、八兵衛を捜している者がやって来た。八兵衛は治療が済むと、茶碗酒を一杯あおって、「また来るからな。そのうめえ酒を取っとけよ」と出掛けて行った。

 揺れが続いて、石が振っているというのに、几帳面(キチョウメン)に延命寺の時の鐘は鳴り続けた。

 午後になると山から獣が逃げて来た。鹿や猪(イノシシ)、猿や狼(オオカミ)、見たこともない獣らがうめき声を上げながら畑や通りを突進して行った。恐怖におののき、凶暴になった獣らを止める事はできなかった。獣らのお陰で、怪我人の数はさらに増え、八兵衛一人だけの手には負えなくなっていた。

 夕方の七つ(午後四時)、揺れも治まり、石も降りやんだ。お山は相も変わらず、煙を吹き上げていた。風が強くなったのか、高く昇った煙は軽井沢の方に棚引き、辰巳(タツミ、南東)の空は真っ黒だ。もういい加減に終わりだろうと人々は蔵から出て来て体を伸ばした。

 昨日の午後から、ろくに飯も食べていなかったので、安心したのか急に腹が減って来た。皆、我が家に帰って飯の支度を始めた。中には家が潰れてしまった者もいる。そういう者たちは近所の者に手伝ってもらって家財道具を引っ張り出し、無事な家では炊き出しをして困っている者たちを助けた。飯を食べた者たちはゾロゾロと観音堂へと登って行った。

 観音堂では大揺れの最中も休まず、永泉坊が祈祷を続けていた。銭儲けのためだけに集まって来たイカサマ祈祷師は皆、恐れをなして村から逃げ去った。今、祈祷をしているのは観音堂と延命寺だけだった。永泉坊は本物の偉い行者様だと村人の信頼を得て、信者の数は見る見る増えて行った。

 観音堂に行くんだと三治が駄々をこね、市太とおろくは三治を連れて観音堂に行った。三治は大喜びで、一心に祈っている村人たちの中に入って行き、両手を合わせた。

「叔父さん、わかってるのかしら」とおろくは不思議そうに言う。

「三治だっておっかねえ思いをしてるんだ。観音さんにすがりたくなるだんべ」

「そうね。真剣になって拝んでる」

「ああいう姿を見ると何かジーンと来るなア。無垢(ムク)というか、素直というか、汚え物なんか何も知らねえガキのようだ」

「そうねえ。世話は焼けるけど、いい人よ。結構、好き嫌いが激しいんだけど、市太さんは好きみたい」

「突然、若ランナって呼びやがる。まいるぜ」

「あたしたちもみんなの無事を祈りましょ」

 安心したのもほんのつかの間だった。また大爆発が始まった。人々は慌てて蔵へと逃げ帰った。そして、それからずっと悪夢の夜が続いた。浅間山は黒煙と火の玉を吐き出しながら焼け続け、ついに山裾の原生林が燃え出して、六里ケ原一帯は火の海となった。



 鎌原村の人たちはまったく知らなかったが、この日、風下の軽井沢は昼間だというのに真っ暗になり、降り積もった灰は五尺(約一、五メートル)にも及んだ。さらに、飛んで来た焼け石によって家々が焼け、宿場は壊滅状態に陥っていた。隣の沓掛、追分も軽井沢ほどのひどい被害はなかったが、皆、恐れをなして安全な岩村田や小諸方面に逃げ去っていた。勿論、市太たちの馴染みの女郎たちも旅籠屋の者たちと一緒に逃げ去っている。

 遠く離れた江戸でも、この日は一日中、揺れが続いて、灰が降っていた。深川で綺麗どころの芸者衆を描いていた鉄蔵は北西の空を眺めながら鎌原村の事を心配していた。
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