天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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1.天明三年(一七八三)四月八日
2007年10月16日(火) 11:22
1.天明三年(一七八三)四月八日




 夕暮れの中、薄煙りを上げている浅間山。その南を走る中山道(ナカセンドウ)。江戸へと向かう旅人、上方(カミガタ)あるいは善光寺へと向かう旅人が行き交い、荷物を積んだ馬が鈴の音を鳴らしながら、シャンシャンと行く。

 浅間根越しの小砂利(コジャリ)の中に
      アヤメ咲くとはしおらしや〜

 誰が歌うか、哀愁を帯びた三味線に乗せて馬追歌が流れて来る。中山道が北国(ホッコク)街道と分かれる手前にある追分宿(オイワケジュク)。ここは飯盛(メシモリ)女と呼ばれる女郎(ジョロウ)が大勢いる事で有名だった。

 浅間根越しの小砂利の中に可憐に咲くアヤメとは彼女たちの事。夜ともなれば山の中の宿場とは思えない程、そこだけが明るく、まるで不夜城(フヤジョウ)のよう。旅人はもとより近在の若者たちが、その明かりに吸い寄せられるように集まって来る。賑やかな三味線に流行り歌、客と女たちの笑い声が夜遅くまで絶えなかった。

「油屋でございます。お泊まりなさいませ」

「日野屋でございます。お泊まりなんし」

「もし、柳屋でございます」

 街道に面した旅籠屋から化粧した女たちが道行く男たちを誘っている。鼻の下を延ばして、ニヤニヤしながら女に連れられて行く者。聞こえない振りをして足早に逃げて行く者。中には無理やり女に引っ張り込まれる旅人もいる。

「おい、放しやがれ。腕が抜けらア」

「腕なんか抜けたっていいのさ」

「なに言ってやんでえ。腕が抜けたら、おまんまが食えねえ」

「おまんまなんかより、もっとうまいもんがあるんだよ。ねえ、お泊まりよ。いい思いさせたげるからさア」

「おう、そうか。どうせ、どこかに泊まらにゃアならねんだ。姉さんの世話になるか」

「あんた、いい男だねえ」

「なに、それ程でもねえやな」

 旅人は嬉しそうに油屋へと入って行く。

「おい、見ろや。あのウスノロめ、お竹ババアにとっ捕まりやがった」

「へっ、ざまアねえや。ぶったぐられるぜ」

「まったく、あのババアもよくやるぜ。もう三十路(ミソジ)じゃねえのか」

「なに言ってやがる。おめえだって、お竹にゃアさんざ世話になってるべえ」

「ありゃア騙されたんだ。ババアめ、八つも年をさばよみやがって」

「ほんとの年はなんぼか知らねえが、いつまでも若えババアだよ」

 油屋の隣、大黒(ダイコク)屋の二階の部屋から通りを眺めている三人。浅間山の向こう側、上州鎌原(カンバラ)村からやって来た若者たちである。丈(タケ)の長い揃いの半纏(ハンテン)を着て、自慢の煙管(キセル)をふかしながら通りを眺めてニヤニヤしている。
 今日は浅間山の山開き。村の代表たちとお山に登り、五穀豊饒(ゴコクホウジョウ)、無病息災(ムビョウソクサイ)を祈って、村人たちは真っすぐ村に帰ったのに、三人は用があると嘘をつき反対側に下りて来た。

 問屋の次男の市太(イッタ)、旅籠屋の長男の勘治(カンジ)、炭屋の次男の惣八(ソウハチ)、村一番のワルガキ三人。何を言っても言う事を聞く奴らじゃないと村人たちも愛想をつかし、意見する者もいない。三人は浅間山の山頂から一目散(イチモクサン)に追分目がけて駈け降りた。目指すは馴染みの女郎がいる大黒屋。まだ日の高いうちから女郎を呼んで、飲めや歌えと精進(ショウジン)落としを楽しんでいる。

「あら、お竹姉さんはいい人よ。面倒味がいいって評判なのよ」

 市太の相方(アイカタ)のお浜が三味線を鳴らしながら言う。色白の細面、下着を三枚重ねたように見える襟だけをつけた花色木綿の綿入(ワタイレ)を着込んで、市太を見上げてニコリと笑う。

 顔付きは優しいけれど気は強く、馴染みになってからもう二年、何度、痴話喧嘩したか数え切れない。もう二度と会うまいと他所の女郎と遊んでみるが、何だか物足りない。なぜか、会いたくなって、また来るという塩梅(アンバイ)。

「らしいな。ここんちで言ったら、お梅姉さんのようなもんかの」と勘治が席に戻りながら、お浜に聞く。

「お梅姉さんじゃないよ。お波姉さんだよ」

「ほう、お梅は面倒味がよくねえのか」

「お梅姉さんはね」と勘治の相方のお滝が言ったが、お浜の顔を見て口をつぐんだ。

 大きな目に小さな口元が可愛らしいお滝は罰が悪そうな顔をしてうなだれる。三人の中では一番若い。つい最近、善光寺の門前町から流れて来たという。勘治の馴染みのお紋には、すでに客がついていた。仕方なく呼んだのだが、以外と可愛い。勘治は機嫌をよくして床(トコ)入りを楽しみにしている。

「お梅姉さんが何だって」

 勘治が聞いてもお滝は首を振るばかり。

「そんな事、言えないわよ」と惣八の相方、お政が言う。「また、いじめられるものねえ」

 お政は惣八の馴染み。痩せギスで、いつも青白い顔をしている。かといって病(ヤマイ)持ちではなく、いつもキャーキャー騒がしい。凄い焼き餅焼きで惣八が他所(ヨソ)の女郎と遊んだ噂を聞こうものなら、爪を立てて惣八の背中は傷だらけ。惣八も恐れて、追分宿に来た時は必ず、お政を呼んでいる。

「新入りだってんで、お梅姉さんにいじめられたんじゃねえのか」と勘治は俯いているお滝の顔を覗く。

「そんな事ないよ。ねえ、お滝ちゃん」とお政が庇う。

「お梅姉さんは男にゃア優しいが、女にゃアうるせえってこったな」

「違うったら。そんな事、お梅姉さんには絶対に言わないで」

「わかった。わかった」

 鈴を鳴らしながら宿場に戻って来た馬がいななき、客引きの女たちの声も一段と高くなって来た。日もすっかり暮れ、街道に並び建つ旅籠屋の掛け行燈(アンドン)に火が燈り、客室からも明かりが漏れて来る。あちらこちらから三味線の浮かれ調子も流れ、騒がしいだけの昼の宿場が夜の歓楽街へと変わって行く。

 外を眺めていた市太と惣八も席に戻って、酒を飲み始めた。

「おい、なんか景気のいい奴をやってくれ」市太が言うと、

「あいよ」とお浜が三味線を弾き始め、江戸から来た旅人から教わったという潮来節(イタコブシ)を歌い出す。

 松という字は木偏(キヘン)に公(キミ)よ
       きみに離れてきが残る〜

「君に離れて気が残るか。そいつアうめえ」

「あたしの気持ちさ。市つぁん、わかってくれるかえ」

 お浜は三味線を脇に置くと、横目で市太を眺めながら酌(シャク)をする。

「わかるからこうやって、はるばるやって来たんだんべ」

「なに言ってんの。この前来たのはいつだっけ」

「そうさなア、そう言やア、ここんとこ御無沙汰だったな」

「ちゃんと知ってるよ。永楽屋さんとこのお園さんに入れあげてるそうじゃないか」

「なに言ってやがる」と市太は動揺して、「ありゃア、ほれ、付き合えで、ちょっと面ア出しただけよ」と言い訳をする。

「ねえ、惣さんも永楽屋に行ったの」お政が惣八をジロッと睨む。

「冗談じゃねえ」と惣八は慌てて手を振って、「俺アそんなとこにゃア行かねえや」

「ほんとなのね」

「ほんとだとも。市太、助けてくれよ」

 市太はニヤニヤしながら酒を飲んでいる。

「一緒だったと言いてえが、あん時ゃア、問屋の集まりだ。惣八は関係ねえ」

 惣八は安心して、お政の肩を抱く。

「なっ、俺ア他所なんか、金輪際(コンリンゼエ)、行かねんだよ」

「まったく、あたしゃア気を揉むよ。それに、村にはいい娘(コ)がちゃんといるんだろ」

「そんな者アいやアしねえや、なア。俺たちゃ村の鼻つまみ者だア。娘っ子なんか、何されるかわかんねえって近寄っちゃア来ねえよ」

「嘘ばっかし。おめえさんちは蔵持ちの炭屋だろ。金持ちで、しかも、いい男とくりゃア、多少、権太(ゴロツキ)だって、娘っ子が黙ってるもんじゃない」

「おう、そうだ」と惣八が突然、手を打つ。「権太(ゴンタ)で思い出したが、今年の村祭りの芝居(シベエ)で、市太は『いがみの権太』をやる事に決まったんだぜ」

「惣八、余計な事を言うんじゃねえ」市太は惣八をチラッと睨むが、すぐに自慢気な顔をして皆を見る。

「へえ、すごいじゃない」とお浜は自分の事のように喜ぶ。「いがみの権太っていえば、ちゃんと台詞(セリフ)だってあるんだろ」

「あたりきよ。『鮓屋(スシヤ)の場』じゃア立者(タテモノ)だアな」

「おめえさんにぴったりの役だね」お浜が言うと、

「まさしく、はまり役ね」とお政も言う。

「それを言うな」と市太はお浜の膝をたたく。「耳にタコができらア。だがな、お陰で博奕(バクチ)がてきなくなっちまったぜ」

「あら、どうしてよ」

「博奕をしたら、役から降ろされちまうんだよ。つれえがしょうがねえ。芝居が終わるまでは、じっと我慢だ」

「そんな事できるわけないじゃない」とお浜がケラケラ笑うと、

「無理よ、無理」とお政も笑う。二人につられてお滝も一緒に笑っている。

「馬鹿野郎」と市太は怒鳴る。「俺アな、今度の芝居にゃア賭けてんだよ。博奕ぐれえ、やめてやらア」

「嘘ばっかし」とお浜は信じない。「ほんとは隠れてやってんだろ」

「やってねえって言ってるだんべ」市太は信じてくれよという顔でお浜を見る。

「おめえさん、村の者(モン)にいいように操られてんじゃないの。権太の役をやらせりゃア、ちったア真面目になるだんべってね」

「そんな事ア承知の助さ。俺ア権太を立派にやってよう、村の奴らを見返(ミケエ)してやるんだ」

「見返すのはいいけど、博奕の稼ぎがなくっちゃ、ここにも来られないじゃないのさ」

「そこんとこはうまくやるさ。現にこうやって来てるじゃねえか」

「ねえ、ねえ」とお滝が口を挟む。「それって『義経千本桜』でしょ。あたし、人形芝居で見た事あるよ。善光寺さんのお祭りでやってたんだ。いがみの権太ってさ、悪い男なんでしょ。そして、最後には死んじゃんでしょ」

「そうさ。悪(ワリ)い男なんだが、ほんとはいい奴なんさ。そこんとこを演じるんが実に難しんだ。まあ、あの村で権太をやれるんは俺しかいねえだんべ」

「ねえ、ちょっと、やってみせてよ」とお浜がせがむと、

「そうか、ちょっとだけだぞ」と市太は得意顔で立ち上がる。

「おきゃアがれ、べら坊め。盗っ人猛々(タケダケ)しいと、もう地金(ジガネ)を出さねばならぬ。よく見りゃア見る程、尋常(ジンジョウ)ななりをしやがって、いけ太えガキめだなア」

「なんでえ、それが台詞かよ」と惣八が呆れる。「おめえのいつもの脅し文句じゃねえか」

「馬鹿野郎、ちゃんと台本(デエホン)に書えてあるんだ」

「そんな台詞なら俺にだって言えらア」

「ねえ、惣さんと勘さんはどんな役なの」お政が興味深そうに聞く。

「俺ア駕籠(カゴ)かきで、勘治の奴は女形(オンナガタ)だぜ」

「えっ、勘さんが女形?」女たちは一斉に勘治の顔を見つめる。

「そういえば顔付きが優しいから似合うかもね」とお浜が真顔で言う。

「よせやい」と勘治は照れる。「女なんかやりたかねえのによ、しょうがねえんだ。そいつをやらなきゃ、ただの仕出しになっちまう」

「ねえ、どんな役なの。お姫様かなんかかい」

「そうじゃねえ。お姫様とか静御前とかは鎌原路考(ロコウ)の役さ」

「なにそれ、鎌原路考って」

「あれ、聞いた事ねえか。鎌原にも有名な女形がいるのよ。名前(ナメエ)は権右衛門ていかめしいんだがな、こいつがまた化粧したら、女子(オナゴ)でもうっとりするぐれえのいい女になるんだ。それで、江戸で有名な菊之丞(キクノジョウ、俳名を路考という)にあやかって鎌原路考ってえんだ。俺なんか、とても奴にゃアかなわねえ」

「いや、そんな事アねえよ」と惣八が笑いながら言う。「芝居の出来によっちゃア、おめえも鎌原おかめって呼ばれるかもしれねえ」

「おきやアがれ」

「おい、おめえら、俺の事を何と呼んでるか知ってるか」と市太は女たちに聞く。

「そりゃア勿論、いがみの市太でしょ」

「馬鹿め、そうじゃねえ。鎌原の成田屋(市川団十郎)たア俺の事よ」

 市太は得意になって見得(ミエ)を切るが、誰も真に受けない。ただ、笑っているだけ。

「おめえさんが、権太を立派にやり遂げたら、あたしだけでもそう呼んであげるよ」

「うるせえ」

「まあまあ、そう怒らんと」

 機嫌を直せとお浜は市太に酒を注ぐ。

 外はすっかり暗くなり、あちこちから賑やかな声が聞こえて来る。夜はまだ始まったばかり、三人のドラ息子たちの騒ぎは果てしなく続いた。



娼婦と近世社会  江戸の宿  宿場の日本史  宿場と飯盛女
初めまして♪

アメリカ留学のブログを書いてる者です。ランキング内の様々なブログを拝見させて頂いてる最中ですが、つい見入っちゃったのでコメントも残す事にしちゃいましたw

機会があったらまた遊びにくるつもりです、よければ僕の所にも一度来て頂けたら幸いです♪
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