天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
鎌原村の図
2007年12月31日(月) 13:20
鎌原村の図



鎌原村の図
主要登場人物
2007年12月31日(月) 13:03
主要登場人物




市太 ‥‥‥問屋『橘屋』の次男。村芝居で『いがみの権太』を演じる。

勘治 ‥‥‥旅籠屋『鶴屋』の長男。村芝居で『渡海屋のおとく』を演じる。

惣八 ‥‥‥『炭屋』の次男。村芝居で駕籠かきを演じる。

安治 ‥‥‥馬方。戯作者志願。村芝居で渡海屋の船頭を演じる。

丑之助 ‥‥‥山守の次男。村芝居で駕籠かきを演じる。

幸助 ‥‥‥馬方。村芝居の背景画を担当。

半兵衛 ‥‥‥馬方のまとめ役。妻は茶屋『武蔵屋』をやっている。

杢兵衛 ‥‥‥若衆頭。村芝居で渡海屋銀平を演じる。

八兵衛 ‥‥‥馬医者。村芝居の小道具を担当。

市左衛門 ‥‥‥市太の祖父。

長兵衛 ‥‥‥山守の隠居。丑之助の祖父。

権右衛門 ‥‥‥馬方。鎌原路考と呼ばれる女形。

おなつ ‥‥‥古着屋『栄屋』の娘。市太といい仲。

おゆう ‥‥‥勘治といい仲。

おなべ ‥‥‥惣八といい仲。

おかよ ‥‥‥茶屋『巴屋』の娘。

おゆく ‥‥‥茶屋『桔梗屋』の女将。

おまん ‥‥‥八兵衛の妻。

おさよ ‥‥‥名主、儀右衛門の妻。父は干俣村の名主、干川小兵衛。

おろく ‥‥‥母親の看病をしていて家からめったに出ない娘。

甚左 ‥‥‥馬方。おろくの父。

甚太夫 ‥‥‥盲目の義太夫の師匠。おろくの兄。

三治 ‥‥‥知恵遅れ。おろくの叔父。

松五郎 ‥‥‥おろくの弟。

錦渓 ‥‥‥平賀源内の弟子。明礬を捜している。

雪之助 ‥‥‥江戸から流れて来た女義太夫。

鉄蔵 ‥‥‥江戸の絵師。

永泉坊 ‥‥‥熊野の山伏。

黒岩長左衛門 ‥‥‥大笹宿の問屋で名主も務める。市太の伯父。

おみの ‥‥‥黒岩長左衛門の娘。市太の従妹。

藤次 ‥‥‥大笹の暴れ者。市太たちの喧嘩相手。

干川小兵衛 ‥‥‥干俣村の名主。

加部安左衛門 ‥‥‥大戸の分限者。
39.十月二十四日
2007年12月31日(月) 12:56
39.十月二十四日




 祭りから三ケ月が過ぎた。

 秋も過ぎて、厳しい冬が近づいている。村人たちは一致団結して新しい村作りに励んでいた。表通りもでき、大笹と鎌原を結ぶ道も、鎌原から狩宿を結ぶ道も普請(フシン)が始まっていた。

 表通りに面して、皆、平等に十間幅の屋敷割りもできていた。そして、今、十一軒の家を建てている。誰がそこに住むかは、まだ決まっていない。

 祭りの時、村人の心は一つにまとまって、そのまま、うまく行くかに見えたが、順調に行ったわけではなかった。残念な事に、村を去って行った者もいた。長い共同生活は初めの頃こそ、うまく行っていたが、やがて、皆に疲れが見えて来ると些細(ササイ)な事でも言い争いが始まった。

 用水の水を飲んで感動していた油屋の一家は、もう耐えられないと村を出て行った。長女が大笹の商家に嫁いでいるので、大笹で暮らすという。百姓代だった仲右衛門はおさよを口説いたが振られて出て行った。市太の家の分家である立花屋の親子も原町の妻の実家を頼って出て行った。その点、祭りの時、あれだけごねた扇屋の旦那はあれ以来、文句も言わずに一緒に働き、夜はみんなに義太夫を語って聞かせて満足していた。

 十月十八日には観音堂で百日忌(キ)が行なわれた。永泉坊に祈祷を頼みたかったが、怪我も治って旅立ってしまった。大笹の無量院(ムリョウイン)の和尚に頼んで法要をしてもらった。その日は仕事を休み、気分転換になるかと思ったが、逆効果だった。昔の事を思い出して、何でこんな苦労をしなけりゃならねえんだ。あれから百日も経ったのに、まともな家に住む事もできねえのかと、村人の心は一つになるどころかバラバラになってしまいそうだった。

 百日忌から四日後、市太はみんなの心を一つにまとめるために、ここらで一つ、祭りをやろうと半兵衛に提案した。

「何じゃ。今度は観音様の祭りでもやるのか」

「そうじゃねえ」と市太は首を振った。「今度は人間様の祭りをやるんだ」

「一体(イッテエ)、何をするつもりなんじゃ」

「祝言(シュウゲン)さ。三ケ月、一緒に暮らして来て、誰と誰がうまく行ってるか、わかるだんべ。そいつらをまとめて一緒にさせちまうんだ。伯父御たちが言ったように、家族を作らなきゃア、みんなバラバラになっちまう」

「早え話が、若旦那がおろくと一緒になりてえんだんべ」と半兵衛はニヤニヤする。

「若旦那って呼ぶなって言ったんべ」

「つい癖でな、どうも、市太郎とか市太とか、呼びづれえ」

「呼びづらくても頼むぜ。みんな、平等って言っときながら、若旦那もねえもんだ」

「ああ、わかった。で、市太とおろくはわかるが、あとは誰でえ」

「まずは、惣八とおまんだんべえ」

「うむ」と半兵衛も納得してうなづく。「あの二人は早くくっつけた方がいいな。最近は大っぴらにいちゃついていやがる」

「次に、丑之助とおしめ」

「うむ。あの二人もいいだんべ。おしめのような器量よしが、あんなウドの大木とくっつくたア一体(イッテエ)、どうなっちまったんでえ。わしには信じられねえ」

「丑が優しいからさ。おしめの言う事ア何でも、はいはいだ。おそめの面倒味もいいし、いい親子ができらア」

「そうだな。これで三組だ。他にもいるのか」

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38.七月二十五日
2007年12月30日(日) 10:51
38.七月二十五日




 朝早くから観音堂は賑やかだった。女衆(オンナシ)は食事の支度を始め、男衆(オトコシ)は小屋の中を片付けたり、庭の掃除をしたり、大笹から借りた提燈(チョウチン)を飾り付けている。

 今日はお諏訪様の祭りだった。本来なら、諏訪明神の参道に露店がズラリと並んで、笛や太鼓が鳴り響き、境内にある舞台で芝居が上演されるはずだった。今はお諏訪様も舞台もない。それでも、ずっと働き詰めだった者たちの気分転換と、助けてくれた大笹の人々に感謝するため、観音堂において、ささやかな祭りをしようと皆で決めたのだった。

 芝居はもうできない。三幕目で生き残ったのは、知盛(トモモリ)役の杢兵衛と典侍(スケ)の局(ツボネ)役の権右衛門だけで、義経も弁慶もいなかった。四幕目で生き残ったのは、いがみの権太役の市太と若葉の内侍(ナイシ)役の権右衛門、駕籠(カゴ)かき役の丑之助と仙之助だけで、権太から金をだまし取られる小金吾(コキンゴ)も、権太の妻の小せんもいなかった。そこで、前座にやる予定だった娘義太夫をやる事に決まった。おなつも、おきよも、おなべもいなかった。でも、おゆうがいた。おかよもできるし、おさやとおみやもいた。皆、稽古をしていないので自信がないと辞退したが、舞台もないし、稽古のつもりでやってくれればいいと言われて引き受けた。

 やがて、大笹からゾロゾロと人々がやって来た。おみのが祝いの酒を持って来てくれた。藤次は香具師(ヤシ)を連れて来てくれた。露店も並んで、大分、祭りらしくなって来た。まだ足の火傷(ヤケド)が治らない永泉坊も来てくれ、観音堂で亡くなった者たちの冥福(メイフク)を祈る祈祷(キトウ)をしてくれた。大笹や干俣(ホシマタ)にいた村人も集まって来た。

 市太の家族たちも来た。祖父の市左衛門は馬の背に乗ってやって来た。もう七十を過ぎているのだから当然だが、急に老け込んでしまったようだった。

「わしもみんなと一緒に村作りをしたいんじゃが、体の方が言う事をきかん。すまんのう」

「いいんだよ、爺ちゃん。ちゃんとしたうちができるまで、大笹にいてくれよ」

「おまえと半兵衛が村作りを始めたと聞いた時は本当に嬉しかったぞ」

「爺ちゃんが言ってた、本当にやりてえ事ってえのが、やっと見つかったんだ」

「そうか、そうか」

 市左衛門は目を潤ませながら、何度もうなづき、孫の姿を見つめていた。

「爺ちゃん、村を見てくれ。まだほんの少しだけど、焼け石も掘り返して、今、新しい小屋も建ててるんだ。藤次のお陰で、大笹の若衆が毎日、手伝ってくれる。みんな、喜んで、ただ働きをしてくれるんだ」

「そうか。無駄に喧嘩ばかりしてたんじゃなかったな」

「うん、いい奴さ」

「市太郎、あたしはもう何も言いませんよ」と市左衛門の隣にいた母親が言った。

「おさよさんから、おまえがしている事をよく聞きました。もし、お父さんが生きていたとしても、おまえと同じ事をしたでしょう。村のために頑張って下さい。それと、おろくの事も反対はしません」

「母さん‥‥‥」市太は心の中でお礼を言った。

 母親は祖父を連れて、村の方に降りて行った。

「兄ちゃん、よかったね」と笑うと妹のおさやとおくらは女衆の所に行って、手伝い始めた。

「市太、わしも仲間にいれてくれ」と叔父の弥左衛門が言った。

「仲間だなんて、村の者はみんな一緒だ」

「子供たちを失って二人だけになり、馬方たちも死なせてしまった。思い出すのが辛くてなア。村を離れて、二人だけでどこかで暮らそうと思ってたんだが、どこに行ったって忘れる事などできやせん。もう、逃げるのはやめにしたよ。わしらも村に戻る事に決めた。亡くなった者たちのためにも、新しい鎌原を作らなけりゃならんと気づいたんだ。わしも一緒に働くよ」

「叔父さん‥‥‥」

 弥左衛門は市太にうなづくとやつれた妻を連れ、祖父たちを追って村に降りて行った。

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37.七月二十三日
2007年12月28日(金) 12:38
37.七月二十三日




 昼近く、おさよとおろくが戻って来た。一緒に来た藤次に率いられて、大笹の若い衆が角材や板を運んで来る。

 昼飯の支度をしていた女衆が驚いて、おさよとおろくの回りに集まって来た。

「うまく行ったわ」とおろくは笑った。

「干小(ホシコ)の旦那さん?」とおかよが聞く。

 おろくはうなづいて、「黒長の旦那さんも協力してくれたの」と言った。

「さすが、おかみさんね」とおかよたちは感心して、おさよを見る。

「わたしはただお手伝いしただけよ。みんなの気持ちが通じたのよ」

 そう言っている間にも、小屋作りの資材が次々に運び込まれた。

「あの人たちにもお昼、お願いね」とおろくはおかよに言うと、藤次を連れて市太の所に向かった。

 用水を掘り起こす仕事は順調に進んでいた。藤次は小屋の事を市太たちに説明した。小屋の大きさは間口三間(マグチサンケン)、奥行十間で、冬に備えて囲炉裏を四ケ所つけるという。

「ほう、そいつア助かる」と市太たちは喜ぶ。

「それだけの大きさがありゃア、当分は間に合うだんべ」とうなづきあった。

「明日から建て始めようと大工(デエク)たちも集めてあるんだ」と藤次は気の早い事を言う。

「明日からか」と市太は驚く。

「早え方がいいだんべ」

「そりゃアそうだが」

「そこでだ、どこに建てる」

 市太は半兵衛を見た。

「観音堂よりはこっちの方がいいだんべな」と半兵衛は言った。

「そうだな」と市太もうなづいた。

 市太は昼飯にしようと仕事をやめさせ、皆を観音堂に返した後、半兵衛と藤次と一緒に、小屋を建てる場所を捜した。今後、皆の家を建てる予定もあるので、邪魔にならない場所を選ばなければならない。村の中央に当たる諏訪明神の境内にしようかとも思ったが、やはり古井戸に近い方がいいだろうと村の南の端、おろくの家のあった辺りに決定した。

 昼飯を食べながら、市太はおろくから、昨日、ここを出てからの事を聞いた。

「昨夜はおみのさんのお部屋に泊めてもらったのよ」とおろくは楽しそうに言った。

「へえ、一晩中、話し込んでたんだんべえ」

「ええ。市太さんと藤次さんの喧嘩の事とか色々話してくれたわ」

「あいつ、余計な事は言わなかったんべえな」

「余計な事も教えてくれたみたい」とおろくは笑った。「兄貴は女好きだから気をつけなさいって」

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