天明3年7月、浅間山が大噴火を起こし、鎌原村は火砕流にのまれて、500人近くの村人が亡くなりました
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「鎌原村大変日記」が電子書籍になりました
2013年05月20日(月) 10:02
天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記 キンドル版



天明三年浅間大焼 鎌原村大変日記」がアマゾンのキンドルで電子書籍として発売されました。
よろしくお願いいたします。


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目次
2009年03月29日(日) 11:02
天明三年(1783)旧暦の7月、群馬県と長野県の県境にある浅間山が大噴火を起こしました。
大量の火山灰を吹き上げて、軽井沢では2メートルもの灰や焼石が積もって家々は潰れ、江戸でも昼間に提燈が必要な程、暗くなったそうです。
北麓の鎌原村は一瞬のうちに火砕流にのまれてしまい、500人近くの村人が亡くなりました。このような大惨事を二度と繰り返さないようにと願い、当時の資料をもとに当時の状況をできるだけ忠実に再現してみました。




鎌原観音堂




目次




1.四月八日   今日は浅間山の山開き。三人は嘘をついて馴染み女郎のいる追分宿へと下りて来た。


2.四月九日   宿場の若い者が「火の用心」と叫びながら走り行く。「浅間焼けだア〜」と誰かが叫んだ。


3.四月十三日   観音堂の若衆小屋で、市太、惣八、安治は芝居の稽古に飽きて、ゴロゴロしていた。


4.四月十六日   山守の爺さんは六十年前の浅間焼けから延々と話し始めた。


5.五月十二日   五月に入ると、いよいよ芝居の稽古も本格的になり、立ち稽古が始まった。


6.五月十九日   この世の者とは思えない美しい女たちが艶やかな着物をまとって座っていた。


7.五月二十五日   村人たちは立っている事もできず、地にひれ伏しながら不安そうに浅間山を見上げた。


8.五月二十六日   揺れる石段を這うようにして登り、浅間山を見ると、そこには信じられない光景があった。


9.五月二十七日   治まるかに見えた浅間の噴火は、次の日の夕方、またもや、大音響と共に大揺れした。


10.六月一日   おろくの父親が怪我をしてから、市太は毎晩のように見舞いに行って、おろくと会っていた。


11.六月六日   大笹宿の六斎市は、近在は勿論の事、信州からも商人たちが訪れて来て賑わっていた。


12.六月八日   市太は諏訪の森をじっと見つめていたが、月を見上げると、おろくの家へと足を向けた。


13.六月九日   いがみの権太の衣装ができたので、市太は小道具を見に八兵衛の家に向かっていた。


14.六月十三日   朝から小雨が降っているのに、大笹から武家荷物が次々に送られて来て大忙しだった。


15.六月十七日   地面の揺れは治まらず、これ幸いと市太はおろくの肩を抱き寄せ、恋の道行きと洒落る。


16.六月二十日   家が大揺れしたと思ったら、霰でも降って来たかと思うほど屋根の音がうるさくなった。


17.六月二十一日   市太はおろくを抱き上げると若衆小屋の中に入って行った。


18.六月二十三日   芝居の稽古も終わり、おさやとおみやもやって来て、鉄蔵の送別会が始まった。


19.六月二十四日   おゆくに連れられて裏にある若衆小屋に行くと、小屋の中に錦渓がいた。


20.六月二十七日   浅間山が唸り続け、紀州熊野の山伏、永泉坊が今朝から観音堂で祈祷を始めた。


21.六月二十八日   浅間山はゴーゴー唸り、大地の揺れは続いている。おまけに空から砂が降って来た。


22.六月二十九日   身を伏せて浅間山を見ると、黒煙は勢いよく天高くまで昇りつめ、火柱が立っていた。


23.七月一日   突然、大音響と共にグラッと揺れた。浅間山を見ると黒煙の中に稲光が走っていた。


24.七月四日   草津でも雷のような音が響き渡り、客たちは浅間焼けの火柱を眺めに出掛けて行くという。


25.七月五日   まるで、花火のように火が空に飛び散って、火口辺りは真っ赤に燃えていた。


26.七月六日   呆れる程の物凄い量の黒煙が東の方に棚引いている。軽井沢方面の空は真っ暗だ。


27.七月七日   山頂は真っ赤に燃え、天に向かって吹き出す黒煙から火の玉が次々に飛び出している。


28.七月八日 1   ゴーゴーという唸り声とパチパチという異様な音が響き渡り、ドスーンと何かが当たった。


29.七月八日 2   一瞬にして鎌原村は消えてしまった‥‥‥


30.七月九日   山裾の原生林はすっかり土砂に埋まって、焼石からは煙が立ち昇っていた。


31.七月十三日   閉じ込められて五日が過ぎ、水ばかり飲んでいた生存者は皆、病人のようになっていた。


32.七月十四日   こんな物がよく流れて来たと呆れる程の大きな岩がゴロゴロ転がっていた


33.七月十五日   女衆が炊き出しをしていた。仮普請の小屋の中には年寄りや子供たちが疲れきった顔‥‥


34.七月十六日   市太は焼け石に埋まった村を眺めながら、ここに村を作るなんて不可能だと思っていた。


35.七月十九日   半兵衛は毎日、鎌原村に通っていた。昨日も一人で出掛けて村の再建の事を考えていた。


36.七月二十二日   名主の妻だったおさよは干俣村の屋敷の縁側に座って、ぼうっと庭の池を眺めていた。


37.七月二十三日   資材運びは続いていた。女たちは昼飯の支度が忙しかった。


38.七月二十五日   今日はお諏訪様の祭りだった。本来なら露店がズラリと並び、笛や太鼓が鳴り響き‥‥


39.十月二十四日   まともな家に住む事もできねえのかと村人の心はバラバラになってしまい‥‥


  ※日付は旧暦です。


  主要登場人物


  鎌原村の図



鎌原村の図
2007年12月31日(月) 13:20
鎌原村の図



鎌原村の図
主要登場人物
2007年12月31日(月) 13:03
主要登場人物




市太 ‥‥‥問屋『橘屋』の次男。村芝居で『いがみの権太』を演じる。

勘治 ‥‥‥旅籠屋『鶴屋』の長男。村芝居で『渡海屋のおとく』を演じる。

惣八 ‥‥‥『炭屋』の次男。村芝居で駕籠かきを演じる。

安治 ‥‥‥馬方。戯作者志願。村芝居で渡海屋の船頭を演じる。

丑之助 ‥‥‥山守の次男。村芝居で駕籠かきを演じる。

幸助 ‥‥‥馬方。村芝居の背景画を担当。

半兵衛 ‥‥‥馬方のまとめ役。妻は茶屋『武蔵屋』をやっている。

杢兵衛 ‥‥‥若衆頭。村芝居で渡海屋銀平を演じる。

八兵衛 ‥‥‥馬医者。村芝居の小道具を担当。

市左衛門 ‥‥‥市太の祖父。

長兵衛 ‥‥‥山守の隠居。丑之助の祖父。

権右衛門 ‥‥‥馬方。鎌原路考と呼ばれる女形。

おなつ ‥‥‥古着屋『栄屋』の娘。市太といい仲。

おゆう ‥‥‥勘治といい仲。

おなべ ‥‥‥惣八といい仲。

おかよ ‥‥‥茶屋『巴屋』の娘。

おゆく ‥‥‥茶屋『桔梗屋』の女将。

おまん ‥‥‥八兵衛の妻。

おさよ ‥‥‥名主、儀右衛門の妻。父は干俣村の名主、干川小兵衛。

おろく ‥‥‥母親の看病をしていて家からめったに出ない娘。

甚左 ‥‥‥馬方。おろくの父。

甚太夫 ‥‥‥盲目の義太夫の師匠。おろくの兄。

三治 ‥‥‥知恵遅れ。おろくの叔父。

松五郎 ‥‥‥おろくの弟。

錦渓 ‥‥‥平賀源内の弟子。明礬を捜している。

雪之助 ‥‥‥江戸から流れて来た女義太夫。

鉄蔵 ‥‥‥江戸の絵師。

永泉坊 ‥‥‥熊野の山伏。

黒岩長左衛門 ‥‥‥大笹宿の問屋で名主も務める。市太の伯父。

おみの ‥‥‥黒岩長左衛門の娘。市太の従妹。

藤次 ‥‥‥大笹の暴れ者。市太たちの喧嘩相手。

干川小兵衛 ‥‥‥干俣村の名主。

加部安左衛門 ‥‥‥大戸の分限者。
39.十月二十四日
2007年12月31日(月) 12:56
39.十月二十四日




 祭りから三ケ月が過ぎた。

 秋も過ぎて、厳しい冬が近づいている。村人たちは一致団結して新しい村作りに励んでいた。表通りもでき、大笹と鎌原を結ぶ道も、鎌原から狩宿を結ぶ道も普請(フシン)が始まっていた。

 表通りに面して、皆、平等に十間幅の屋敷割りもできていた。そして、今、十一軒の家を建てている。誰がそこに住むかは、まだ決まっていない。

 祭りの時、村人の心は一つにまとまって、そのまま、うまく行くかに見えたが、順調に行ったわけではなかった。残念な事に、村を去って行った者もいた。長い共同生活は初めの頃こそ、うまく行っていたが、やがて、皆に疲れが見えて来ると些細(ササイ)な事でも言い争いが始まった。

 用水の水を飲んで感動していた油屋の一家は、もう耐えられないと村を出て行った。長女が大笹の商家に嫁いでいるので、大笹で暮らすという。百姓代だった仲右衛門はおさよを口説いたが振られて出て行った。市太の家の分家である立花屋の親子も原町の妻の実家を頼って出て行った。その点、祭りの時、あれだけごねた扇屋の旦那はあれ以来、文句も言わずに一緒に働き、夜はみんなに義太夫を語って聞かせて満足していた。

 十月十八日には観音堂で百日忌(キ)が行なわれた。永泉坊に祈祷を頼みたかったが、怪我も治って旅立ってしまった。大笹の無量院(ムリョウイン)の和尚に頼んで法要をしてもらった。その日は仕事を休み、気分転換になるかと思ったが、逆効果だった。昔の事を思い出して、何でこんな苦労をしなけりゃならねえんだ。あれから百日も経ったのに、まともな家に住む事もできねえのかと、村人の心は一つになるどころかバラバラになってしまいそうだった。

 百日忌から四日後、市太はみんなの心を一つにまとめるために、ここらで一つ、祭りをやろうと半兵衛に提案した。

「何じゃ。今度は観音様の祭りでもやるのか」

「そうじゃねえ」と市太は首を振った。「今度は人間様の祭りをやるんだ」

「一体(イッテエ)、何をするつもりなんじゃ」

「祝言(シュウゲン)さ。三ケ月、一緒に暮らして来て、誰と誰がうまく行ってるか、わかるだんべ。そいつらをまとめて一緒にさせちまうんだ。伯父御たちが言ったように、家族を作らなきゃア、みんなバラバラになっちまう」

「早え話が、若旦那がおろくと一緒になりてえんだんべ」と半兵衛はニヤニヤする。

「若旦那って呼ぶなって言ったんべ」

「つい癖でな、どうも、市太郎とか市太とか、呼びづれえ」

「呼びづらくても頼むぜ。みんな、平等って言っときながら、若旦那もねえもんだ」

「ああ、わかった。で、市太とおろくはわかるが、あとは誰でえ」

「まずは、惣八とおまんだんべえ」

「うむ」と半兵衛も納得してうなづく。「あの二人は早くくっつけた方がいいな。最近は大っぴらにいちゃついていやがる」

「次に、丑之助とおしめ」

「うむ。あの二人もいいだんべ。おしめのような器量よしが、あんなウドの大木とくっつくたア一体(イッテエ)、どうなっちまったんでえ。わしには信じられねえ」

「丑が優しいからさ。おしめの言う事ア何でも、はいはいだ。おそめの面倒味もいいし、いい親子ができらア」

「そうだな。これで三組だ。他にもいるのか」

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